日本の「相続力」を考える。
(2012年1月30日)

カテゴリ:キャリアのことも

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朝起きて、ザーッとwebのサイトを眺めていたら自分の名前が出ていた。常見陽平さんのtwitterなんだけど、どうやら今朝の日経一面コラム「春秋」に新著『世代論のワナ』が取り上げられているということだった。
で、そのままリンクを読んで、結構ビックリ。このコラムなんだけど、殆どが本の紹介みたいになっている。以前、朝日の「天声人語」で僕の著書から「ブランドの定義」が紹介されたことはあったけれど、今回のようなのは珍しいと思う。素直にありがたく感じた。
取り上げられた部分のキーワードは、「自信の相続」だろう。これについては、ちょっと補足しておこうかと思う。
昔の就活では履歴書に親の職業や最終学歴まで記載する欄があった。今は、このようなことはなくて、面接でも家族のことを聞かないことになっている。でも、学生や若手社員とキャリアの話をしていると、知らない間に僕は彼らの親の話を聞いていることが多い。
そこで、改めて若者への親の影響が大きくなっていることに気付いた。
僕らの世代の親は、戦前生まれだ。当然のように価値観の断層がある。就職やキャリアのことでも前提が違う。それに会社員の比率も今より低かった。
今、親子が直面している日本の現実は「共通の壁」のようなものだ。その壁を乗り越えようとする時には、親子間の「世代間連立」が求められる。
就活の問題というと、大学、企業、そして情報会社などにプレイヤーの問題が取り上げられる。しかし、就活に限らず若者の問題を考える時は、まずその家族の影響力が重要だ。
これは、教育関係者と話せば必ずのように一致する。ところが、家族の問題は個別の話になってしまうので、メディアはどうしても「制度」の問題を論じるのである。


でも「ゆとり教育」を経て来ても、優れている者は優れているし、そうでないものも当然いる。そうなったら、大きな変数はもう一つしかないはずだ。
「自信の相続」自体は昔からあったことと言えば、その通りだ。しかし、今の問題は、親以外から自信を相続する機会が減っていることだ。家庭環境はさまざまだ。必ずしも自信を持っていない親もいるだろう。それでも別の大人から自信は相続できる。
たとえば、大学の先生はそういう存在だった。いや、ちょっと上の先輩もそんな役割を果たしていた。「俺だってどうにかなってるんだから」という背中を見せていたことが、僕たちに無形の自信を与えてくれた。
だから「自信の相続」は社会全般の問題であり、その相続システムを再度機能させるための提言などを書いてみたわけである。
■『世代論のワナ』の目次など、内容紹介はこちらのブログからどうぞ。