2016年02月アーカイブ

IMG_1394ベルリン国立歌劇場管弦楽団 日本公演

指揮:ダニエル・バレンボイム

2016年2月14日(日)サントリーホール 大ホール

ブルックナー/交響曲第5番 変ロ短調

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「感動をありがとう」という言葉がどうしても馴染めず、オリンピックやワールドカップの時にその言い回しが飛び交うとどこか居心地が悪くなるんだけど、今日はその気持ちが少しわかった気がした。

ブルックナーのフィナーレでジワジワと涙が出てしまったのだが、オーケストラでは相当久し振りの体験だったけれど、自分でも驚いた。

溜池山王の駅には「あなたは歴史の目撃者となる」というちょっと大げさなコピーのポスター。そして、ホールまでの地下道を黙々と、巡礼の列が連なる。殆どが男性1人だ。バレンタインデーとか、全く関係ない。ホワイエには、たまに若い女性もいるが、なぜか心配になる。ここはバレンボイムを聴く所で、バレンタインとは関係ないんですよと教えた方がいいのか。今日に限らないが、ブルックナーのコンサートはいつもこんな感じだ。

第5番は静かなピッツカートで始まるが、バレンボイムは殆どタクトを動かさない。それでもオケはキッチリとテンポを刻む。この時、今日はいい演奏にはなると思った。

指揮者が何を求めてどこに進みたいかが、十二分に共有してるように感じたのだ。

全奏になると、管楽器が心持ち後から出る。ずれているのではない。こういう曲の場合、スパッと出るよりも音が豊かに響く。 >> 圧倒的感動と沈黙。バレンボイムとブルックナーの5番の続きを読む



91oUtgu2fQL._SL1500_小林まこと 『青春少年マガジン』  講談社

マンガ作者の自叙伝や伝記などは、彼らの作品以上に面白く読めることがある。トキワ荘にまつわる物語や、手塚治虫を描いた「ブラックジャック創作秘話」なども興味深いが、この小林まことの回想録は何度も読み返して、そのたびに妙な感慨に浸ってしまう。

それは、作者と僕との年代の近さにもよるのだろう。ただし、若くして既に別世界に行ってたわけで、その辺りがまた面白い。僕が中学から大学生の頃の出版業界やその周辺の雰囲気がわかって、「ああ、そうだったのか」といろいろと感じるのだ。

話は1978年5月に始まる。横花は鶴見の家賃8,500円の4畳半アパート。漫画家を目指して上京するも、なかなか芽が出ず、バイトも長続きせず、食中毒で高熱を出していたところに一本の電話がかかってくる。

少年マガジン創刊1000号記念特別企画の新人賞を獲得したのである。この時から1983年まで「1・2の三四郎」を連載していた時の回想譚なのだが、さすがに小林まことだけあって、テンポもいいしダイナミックで、時折ジンワリと沁みてくる。

受賞したのは作者が19歳の時。いきなり受賞式に遅刻する辺りからして、後の原稿落としを予感させる。翌年には初めてパーティーに出て、梶原一騎に「面白い」と言われて舞い上がり、文壇バーに連れて行かれて、大物漫画家と同じ店にいる!とはしゃぐ。

やがて、月刊マガジンとの連載かけもちなど、相当に多忙な修羅場を潜り抜けつつも「1・2の三四郎」がマガジンの屋台骨となっていく。 >> 昭和マンガ界のパワーと哀歓。小林まことの「青春少年マガジン」の続きを読む



就活の季節が始まると、例によっていろんな都市伝説が生まれる。最近になって根強いのは「体育会系学生」についての誤解だ。

体育会の学生について言えば「有利」という話が多く、短期的には間違ってもいないけれど、相当の落とし穴があることを指摘しておきたい。

まず、体育会系が有利な面はあるだろう。なぜなら、「体育会を積極的に採用する」と謳っている企業などがあるからだ。ただし、そうした企業に未来はあるのか?と考えると相当に怪しい。体育会というのは学歴と同じような表面的な履歴だ。過去のケースに照らして「一定の適合性がある」のかもしれないが、採用戦略としては思考停止だと思う。

ビジネス自体がスポーツに深く関わっているというならもちろん理解できるが、そうでない企業でもやみくもに体育会系を求めるところがある。

そもそも体育会の学生といっても千差万別だ。真っ当な企業であれば、「で、何ができるのか?」を見極める。単に「目標に向かって頑張る」とか「自己管理ができている」学生は体育会に限らずたくさんいる。

一方で、「上下関係に従順」という点ばかりを重視点にして体育会を採用しているならば、むしろ問題だ。ハッキリ言って、そんなことに拘っている企業は、これまた怪しい。全員一丸で同じところに向かえばいい時代ならばそういう人材は重要だろう。

しかし、そうした組織が環境変化に耐えられずボロボロになってきたことは、バブル崩壊以降に山ほど目にしている。それでも従順な学生を欲しがっているとすれば、その企業はトップ以下のマネジメント層が、相当に横着ということだ。

得てしてそういう会社が求めているのは、「理屈を言わずに売ってこい」というような仕事だ。そうした理由だけで採用された体育会の学生が、その後にどのようなキャリアを歩むのか。けっして幸せな人ばかりでないことは、ちょっと想像すればわかるだろう。

では、それでも体育会学生が一流企業にそれなりに多いのはなぜか?と思うだろう。そこには、別の理由がある。 >> 「体育会だから採用」企業に未来はあるのか。の続きを読む



IMG_1369六本木ヒルズが2003年にオープンした時のキャラクターは、村上隆が作っていた。そんな縁もある施設の美術館で久々の個展だ。14年前の木場の個展には足を運んでいた記憶がある。

エントランスに着いたら、音声ガイドの貸し出し案内にディスプレイに男性の顔が映っている。村上隆がいつの間にこんないい男になったのかと、近づいてみたら斎藤工だった。彼がナレーターを務めているらしい。

入り口には「撮影して、シェア!」という看板がある。撮影OK、拡散上等というわけで、メディア戦略にも抜かりはない。本人を模したオブジェもお出迎えだ。

ミュージアムショップはフィギュアもお菓子も盛りだくさんで、キャラクターのお花クッションは7,000円から17,000円くらいまでという結構な値段だったが、それでも「お一人様5個まで」という制限付き。へえ~と思ったけど「他者への販売を目的としたご購入はご遠慮ください」という注意書きが、英語と中国語でも書かれている。

ああ、そういことになっているのだろうけど、興行としての展覧会としては一つの到達点かもしれない。

一方で、展覧会の目玉の五百羅漢の制作過程の記録も興味深い。全国の美大学生から志望者を募って、24時間シフトで制作体制を組んだという。最終的には200人以上がかかわったようだが、全幅100メートルという大作だけに、それでもギリギリだったのだろう。 >> 村上隆の興行と工業~ヒルズの「五百羅漢展」の続きを読む



この時期に舞台を観に行くと、カシャカシャという耳障りな音が聞こえることが多い。のど飴などの舐めようとすることが多いようだけど、これが結構気になる。僕が行くのはクラシックや落語、あるいは能などが多く、つまり静寂が大切なので、どうしても耳障りだ。

咳を気にするのかもしれないが、まだそっちの方がいいようにさえ思う。

ことに能の会が結構ひどいことがあって、カシャカシャ音どころか、ずっとバッグの中をひっくり返してたり、喋る人もいる。

何でかな?と思ったのだけど、そういう人はおしなべて高齢者だ。既にリタイアしているような年齢の人で、若い人でマナーが悪いと思ったことはない。段々わかってきたのだけれど、こうした観劇などの経験がない人が、歳をとってから来るようになったのだろう。

若い人だとそういう時のマナーを気にしたりするけれど、年配の人は無頓着になる。

改めてマナーを知ろうなんて思わないのではないだろうか。

単純に言うと、高齢者比率が高いほど変な人が出てきてしまう。新たな場所に行っても、そこのルールを学ぼうとしない。そう考えていてハッとした。

こういう人って、ビジネスの世界でもいるよな。どこに行っても「オレの流儀」「私のやり方」で通してしまう。既に環境が変わっていることに気づかない。成功体験から抜け出さないので、同じようなやり方を続けているけど、周囲からは敬遠されている。
これって、中高年だけではなく40代、あるいは30代の人でも陥る話ではないだろうか。 >> 年寄りのマナーが悪い理由を考えてみたら。の続きを読む