中身も文も一級品。『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』【書評】
(2017年5月8日)

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【読んだ本】川上和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社)
連休中に早朝バードウォッチングに行った。久しぶりにガイドツアーに参加したのだけれど、この時期の山は葉も少なく、鳥たちは求愛の真っただ中。

人にとって「いい声だな」というのも、雄鳥にとっては必至なわけで、時には激しい縄張り争いも見られる。カップリングした鳥たちはどこか幸せそうでかわいらしいのだけれど、考えてみると新婚生活をのぞき見して、しかも朝っぱらから双眼鏡でじっと見ているんだから相当に悪趣味なのかもしれない。

子どもの頃に初めて飼った動物はインコだった。それ以来、鳥は好きだ。そんな熱心ではないけれど、そうしてたまにはウォッチングをする。

で、この1冊は鳥好きにはもちろん、自然に興味のある人、あるいは単に好奇心を刺激されるエッセイを読みたい人にも勧められる。

いや、こんなに文章の達者な鳥類学者がいるとは最近まで知らなかった。前著の『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』で驚いたが、このエッセイはさらに自在だ。何と言っても本業に関わることだし。

川上和人氏は森林総合研究所の主任研究員で、小笠原諸島の鳥類研究が専門のようだ。その辺りの活動を中心にして、鳥たちの生態についていろいろな角度で書いている。

保護活動から進化の推理まで多岐にわたり、きっと相当の苦労もあるのだろうが、そのあたりを軽妙に書く文章が相当に達者だ。

作者の文章は、二重の意味で「うまい」。1つは専門的な内容をわかりやすく伝える面において、もう1つは独特のニヤリとさせるセンスだ。

「ニヤリとさせるセンス」と持って回った言い回しにしたのだけれど、簡単にいえば「ユーモア」だろう。ただ、この言葉自体が流行らない。それは、ゲラゲラ笑わせるわけではなく、心の中で「ニヤリ」とさせる。

しかし、どうもそういう笑い自体が減少、いや絶滅しているのかもしれない。

インターネットでは、誰でもどこでも簡単に笑える。その多くはもはや文章ではなく、ビジュアルだ。

「電車内閲覧注意」というコンテンツが、テキストだけというのは本当に少ない。そうした文化の中で、作者の文章をどう感じるかは人それぞれかもしれないが、本好きなら嬉しいんじゃないか。書いてみたくてもそう書けない。

そして思い出したのは北杜夫だ。彼も医者であり、いわば「理系領域」の人だった。また昆虫も好きで自然を愛する作家だ。僕も中高生の頃によく読んでいたこともあり、懐かしくも嬉しい気分になった。

「北杜夫以来の」というのは、決して大げさではないと思う。新刊が出たら、というより書いた文章があれば読んでみたいなと思う。

とても、おすすめ。