「頼まれない生活」を受けいれられるのかな、と考えたりする年末。
(2017年12月19日)

カテゴリ:キャリアのことも

ちょっと気が早い気もするが、なんとなく今年の仕事を振り返ったりしているんだけど、実はお盆の頃から9月いっぱいまでが、稀に見る忙しさだった。7月末から2週間くらい東京を離れて休めたのはよかったのだが、直後に申し合わせたように仕事の依頼が来た。

しかも、「中身の新しい仕事」が幾つもあった。

新たな試みをさせていただくのは、本当にありがたい。飽きっぽい性格で、同じ会社で4つも職種を経験して、40歳でフリーになったくらいだ。ゼロから考えるのは、やっぱり楽しい。

そして、忙しいとはいえ「頼まれる」ということ自体が、「ありがたいなあ」と改めて実感した。考えてみると、社会に出てから30年以上仕事のスタートは「頼まれる」ことで始まっていた。。会社員としてはスタッフ職だし、独立してからはコンサルタント的な仕事だ。

仕事っていうのは多面的なものだ。自分の仕事は、「売る仕事」や「作る仕事」だと思う人もいるだろうけれど、どんな仕事も根っこには「頼まれる」人がどこかにいる。そして僕の場合はオーダーメイドである。

その一方で、忙しくなるほど「いつまでこうして仕事を続けるんだろう」と思うことも増えてきた。

冷静に考えるた時に、フリーランスと言っても「生涯働く」という前提は成り立つとは限らない。自分で「引き時」を決めなくてはいけないと思ってる。

会社を辞めて一つだけ後悔してることがあるとすれば、もう「やめる会社」がなくなってしまったことだ。フリーランスが、「仕事を辞める」というのは、「自分を辞める」ということになりかねない。

「なりかねない」というのは、そうなるとまずいだろ、という思いがどこかにあるからだ。「自分-仕事=」という式の右辺がゼロに近い人は、歳を重ねてからの生き方がしんどくなりそうだ。

とはいえ、「仕事以外の自分」を増やしていけば、辞めてからもゼロにはならないのか。数式的にはそうだけど、そもそもそんな式に意味があるのかは怪しい。

そして、何より気になるのは「頼まれない生活」という状況を自分は果たして受け入れられるのか?ということだ。

フリーランスで「辞め時」を考えなくてはいけないからそんな想像をするけれど、会社員だとなかなか考えなくなるかもしれない。

「頼まれない生活」は、また「頼られない毎日」ということだ。

その生活がどうなるかは、まだわからない。それは、どんな人にもやってくる可能性がある。

考えてみると、子どもの頃は誰からも頼られず、大して頼まれなかった。ああいう生活に慣れるのだろうか。

答えのない自問をしていると、猫と目が合う。膝に乗ってるくせに、これがまた「頼るわけないだろ」と言ってる気がして、また考えてしまうのだった。