61grbvzo9flトランプが大統領になるそうな。

今日あたりは、そんな話で持ちきりだろうから、あえて細かくは書かない。ただ、何となく日本人を含めた国外の人からはわかりにくい「アメリカ」というのは、実は過去に眠っているんだろうと思ってる。

それが、プシュ!と噴出する。共和党の候補が勝つときは、そんな感じだ。ブッシュJr.は父に比べてクレバーなイメージは薄かったが、それを逆手に取った。彼が演じたのは、古き良き米国のカウボーイだったと言われている。

マルボロの広告の世界観で、テキサス出身というのもまたわかりやすい。

ディズニーランドの「ウェスタン」の世界だろう。

というわけで、郷愁のアメリカを音で感じるディスクが、このHoliday for Orchestra! だ。

いきなり「草競馬」で始まるけど、演奏しているのはフィラデルフィア管弦楽団で、指揮はユージン・オーマンディ。

超一流のオーケストラが、この手を曲をしっかりやるところがさすがだ。 >> 「オーケストラの休日」で聴く「あの頃のアメリカ」の続きを読む



img_2084ウィーン国立歌劇場日本公演

指揮:アダム・フィッシャー

ニーナ・シュテンメ トマス・コニエチュニー 他

2016年11月6日 東京文化会館大ホール

ワーグナー「ニーベルングの指環」

第一夜「ワルキューレ」

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今年は、シカゴとムーティの「巨人」で年が明けて、バレンボイムのブルックナー、ラトルとベルリン・フィルの「第九」というあたりで力尽きた感じもあり、年の後半は蟄居していようかと思っていたのだが、直前になって行くことにした。

ひとことで言うと、こんなに「ワーグナーのドラマを楽しめる」という当たり前のことがすごいと思った。

なんか、賢くない感じの感想をいうと、出てくる歌手は誰もうまくて、鳴っている音が絶品。そりゃ、ウィーンだからといえばそうなんだけど、こういう演奏はやはりなかなか聴けないと思う。

オーケストラはオーボエの太くて豊かな音がしっかりと芯になり、ホルンの音色が全体を包む。クラリネットの歌も印象的だ。ワーグナーのハーモニーがこんなにクッキリとわかることがすごい。団員が、楽譜全体をつかみ、かつ一人ひとりの役割をわかっているということなんだろう。 >> フツーにワーグナーを楽しめる凄さ。ウィーン東京公演のワルキューレ。の続きを読む



(2016年10月24日)

カテゴリ:見聞きした

816uyhvrwl-_sl1500_自然環境が作曲家に与えた影響は、もちろんあるんだろうなと思う。

シベリウスの音楽を聴いて、南国の空を連想するのは難しい。また、「泥臭いけど妙に明るい」と思ったら、「イタリア奇想曲」だったりする。

もっとも、「アルペン交響曲」のようにズバリと言われると、「はい、わかりました」という感じになって、夏の信州で聴いていても妙に納得してしまう。

ただ、作曲家の経験とまったく関係ないのだけれど、勝手に「こういう時に似合う」という音楽があって、僕の場合「ドヴォルザークと里山の秋」は最高の相性だと思う。

なんというか、ドヴォルザークの田舎っぽさというのは、西洋東洋を越えて普遍的なんじゃないだろうか。

チェコの田舎はもちろん、中国内陸の水墨画の世界に合いそうだし、ケンタッキーの草原でもいいんじゃないか。「交響曲」のようにフォーマルな曲にしても、「スーツにネクタイ」という風情ではない。「コーデュロイのジャケットにネルシャツ」という感じがする。 >> 秋で、芋煮で、ドボコンなのだ。の続きを読む



img_1951 大仙厓展-禅の心、ここに集う 出光美術館

ポスターにもなっている「指月布袋画賛」は、誰が見ても「かわいい」と思うし、ちょっと気になる展覧会だ。

仙厓は、江戸時代の禅僧で、博多の聖福寺で住持をつとめていて、九州とは縁が深い。画は福岡市美術館、九州大学と並んで、出光美術館が多く所蔵しており今回はいわば「三大コレクション」からの出品となる。

「大」がつく展覧会なのだ。

もちろん、「かわいい」だけの展覧会ではない。風景もあれば、有名な「○△□」の抽象画も、ある。ただ、布袋や犬、猫などの描き方はたしかに「かわいい」。他の日本画でも感じるが、現代のコミックに通じるある種の潔さのようなものもある。

一方で、晩年には寺の跡を継いだ湛元が藩から処罰されて、仙厓が戻ったこともある。その頃に書かれた「不動明王」の絵などは、また異様な迫力を見せる。

しかも、亡くなる直前の作だ。ちなみに、彼は米寿まで生きた。 >> 「かわいい」だけではない幸福感~「大仙厓展」の続きを読む



51jq253y40lハイドンという作曲家は、なんか損をしている気もする。

104曲も交響曲を書いているし、ドイツ国歌もそうだ。ただバッハほどの崇高さにはおよばず、モーツアルトのような天才イメージも薄く、もちろん時代が下ったベートーヴェンほどに劇的でもない。

しかも、「おもちゃの交響曲」を作ったと言われていたこともあり(実際は違う)、あだ名が「パパ・ハイドン」だ。そして、標題がつくと「軍隊」「時計」に「驚愕」だ。

子ども向けだと「びっくり交響曲」とか言われていたこともあって、イメージ的にも何というか、いま一つ深みがない。

というわけで、若い頃にハイドンのディスクを買ってわざわざ聞こうとはなかなか思わなかった。

そんなハイドンのイメージが変わるのが、短調の交響曲たちだ。なかでも「疾風怒濤期」といわれる時代の曲を集めたこのアルバムは、引き締まった演奏で奥行きも深い。「哀悼」「告別」「受難」という標題がつく3曲だが、最初に聞いた時は、「エ?ハイドンなの?」と思った。

まあハイドンも「やればできる子」的な感じなのだが、また後年の円熟期になるとこうした哀しくも劇的な作風はあまり伺えない。

このディスクの解説(平野昭)は、この辺りの背景についても詳しいのだけれど、それがまた興味深い。ハイドンは30代半ばに宮廷楽団の学長に昇進するのだが、それによって、世俗音楽から教会音楽も受け持つようになった。 >> 秋雨の日に、ちょっと劇的な「疾風怒濤」のハイドン。の続きを読む