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それにしても、2018年は僕の周囲でも「人の動き」が多かった。まあ、それにしても、能力のある人ほど、意外な方向に職を転ずるのだ。もう何というか、人材をめぐる争奪戦は「フルーツバスケット」のような感じになっている。

あの椅子取りゲームで「フルーツバスケット!!」となり、常に人がワイワイしている状況が当たり前になっていて、とにかく「人材」の話は絶えないわけで、そこにはいろんな理由がある。

ひとつには各分野でデジタル化がどんどん進んで、ある程度の「標準装備」は可能になった。そうなると、「結局誰がやるんだよ」という話になる。いろんなシステムは「誰でもできる」ことを目指してきたんだろうけど、同じことをしていては競争には勝てない。

というわけで、求められるのは「より高度な人材」ということになる。

一方でワークスタイルについては、想像以上のスピードで変わっている。4月には働き方改革関連法が施行されて、勤務時間は制限をされる。そうなれば「時間をかけて頑張る人」よりも「短時間で成果を上げる人」へのニーズはますます高まるだろう。 >> 人材のフルーツバスケットで、20代×50代が気になる理由。の続きを読む



などということを、54歳にして書くことになろうとは思わなかった。けれど、まあいろいろ曲折があって「50歳」をテーマにした本を出すことになったのである。
今までの本は書下ろしだったのだが、これは日経ビジネスオンラインに連載した「ここでひと息 ミドル世代の「キャリアのY字路」を単行本にしたものだ。
文字通り、「ミドル世代」という曖昧なキーワードで、気分的には”R40”の感じだったのだけれど、書いたものをまとめて編集の人と話しているうちに、キーワードは「50歳」なんじゃないかという話になった。

というわけで「50歳」を書名に入れることを決めて、当初は連載タイトルに近いものとかいろいろと検討したんだけど、何だか予想もつかないことが起きたりして、相当に難航した。
そこで僕が軽口のように「なんか、”~の衝撃”って日経ビジネスっぽいいですよね。だから、”50歳の衝撃”って、いや~わけわからんか。ハハハハ」と言って、その日は編集の方と別れた。

そして、翌日編集の方から「決めました」というメールが来た時には、エエエ!?と思ったのだがもう時間も代案もなく、8月のお盆前から店頭に並んだ。

そうしたら、休み明け早々に連絡をいただき、重版が決まったという。ありがたいことだが、広告もまだだし、僕もブログにすら書いてないし、ネット上で話題になっていることもない。店頭で気にされるとしたらおそらくタイトルだろうから、なんだか瓢箪から駒のような発想もよかったのかと思っている。

母に見せたら「これ、どういう意味?」と言いつつ「私も”80歳の衝撃”とか書こうかしら」と言っていたので、たしかに「意味は分からんけど気にはなる」ということなのかもしれない。
中身は、ちょっとしたエピソードを元にしたフィクションだ。連載時から「あれはうちの会社でしょ」などと、いきなり旧友から言われて驚いて、そういうことは何度もあった。ただ、「ネタのもと」はたしかに事実だけれど、もちろんストーリーは作っている。それでも「うちでしょ」みたいな感覚になるなら、それは「うまくいった」としか言いようがないんだけど。
ちなみに、家の猫に見せたけど、ご覧のように関心を持つことはなかった。15歳になったばかりなので、仕方ないんだろうか。

※追記:気になって調べると、ここに来て「50歳」をテーマにした本がいろいろ出ているようだ。江上剛氏の『会社人生、五十路の壁』はスタイルはまったく異なるけど、切り口は似ているところもある。ちょうど、10歳上にあたり波乱万丈の50代を送られた方だけれど、さすがに経験が深いなあと感じた。

 

 

 



なんか身の回りで、転職とか独立とか、いろいろとすごい。6月30日付けだけでいろいろあった。個人的な観察からの話なので、もちろんちゃんとしたデータじゃないんだけど、他の人に聞いても「結構動いている」という。

6月末というのは、賞与も出て、株主総会も一段落して人事・組織が動く会社もあるので、毎年人が動くけど、いよいよ「人材流動化」から「人材大戦争」になった気がする。

つまり、人が動く、というよりも企業側の危機感がものすごく高まっているんだろう。

僕の周辺だから、メディアや広告周りはたしかに多いんだけど、それだけじゃない。年齢幅も相当広くて、還暦の人も思い切って動く。

むしろ、「今どき人が動いてない会社はまずいんじゃないか?」と感じるくらいだ。

背景には人手不足とかいろいろあるんだろうけど、ちょっと違った視点で感じたことを書いておきたい。

■ 若い会社が「分厚く」なって、かつてのベンチャーが硬直してきた

ここ10年くらいに創業した会社でも、広く人を受け入れる「厚み」のようなものを感じる。だから若い人だけではなく、ある程度キャリアを重ねた人でもそうした会社に転じる。

ベンチャーとか外資とか、そういう認知スキーマすら気がついたらなくなっている感じだ。

一方で、「メガベンチャー」のように千人単位の社員がいる企業からの流出も目立つ。もはや若い会社ではなく、気がついたら「普通のオーナー企業」で経営者とその周囲が硬直化していれば、若い人にとっては「上がつかえてる」感じだし、むしろ財閥系のほうがオープンに見えることもあるみたいだ。

■ 「働き方改革」で会社の“底”が見えた >> 「人材流動化」から「人材大戦争」になってきた。の続きを読む



NEWSPICKSが広告を出していて、「さよなら、おっさん」というキャッチコピーは、まあ、キャッチーだ。「おっさん」というのは、「この国の凝り固まった価値観やルール」と書かれているけれど、まあ実際には一定年齢以上の男性だろう。

やっぱり、おっさんはおっさんだ。

実際に、おっさんは多い。これは総務省の人口推計に出ている2017年10月1日の人口ピラミッドだけれど、40代後半が最大勢力だ。第1次ベビーブーマーも、まだ相当に多いが70歳を過ぎると絶対数はジワジワ減っている。

ただ、それはまあ以前からわかっていたことだけど、僕は別のことに興味がある。

「おっさん」は、「おじさん」が口語化したというか、促音便というか、それはまあいい。

では、女性で「おっさん」に当たる言葉は何か?「おばはん」かもしれないけど、ちょっと違う。そもそも、「おばさん」だって、昔は揶揄されていたではないか。

あ、そうだ。気がつかないうちに「おばさん」は着実に減っている。

かつての「おばさん」は、立派な体型と、タフな神経で日本を席巻していた気がする。福袋の前では、ラグビーのフォワード並みの突進力を見せ、連休の高速道路のサービスエリアでは男性トイレに侵入する。

もちろん、今でもそういう人はいるのかもしれない。でも、記号としてのおばさんはとても弱くなった。そうだ、かつてのユニクロのCMで「返品可能」をアピールするのに、すごいおばさんが出てきた。いまでもこんな動画が出てくる。20年以上前のようだが、あの頃は記号としての「おばさん」は十分健在だった。 >> さて、「おっさん」はどうなるのか?の続きを読む



人にとっての、年齢の「節目」はどこにあるのか。

大体の人は、30とか40とかキリのいい数字を思い出すかもしれないし、十進法の呪縛みたいなものとしては、そんな感じだろうか。年男・年女とかもあるけど、まあ10歳刻みなんだろうな。

そんな中で、最近気になるのが「50歳」という節目だ。連載していた記事の関係もあるんだけど、自分自身はもうとっくに超えていて、来年には半ばとなる、

一方で、40代の人との違いも意識するんだけど、それは当人同士の違いというより「親の年の違い」が大きいんじゃないかと感じるようになった。

たとえば、固定電話やファクシミリがまだそれなりに健在だったり、現金主義だったりするのを、「電子化すればいいだろ」と思うのは僕もよくわかる。実際に、自分でそれほど使うわけではない。

ただし、80を超える自分の親世代のことを思い起こすと「そうは言ってもな」という感覚になる。パソコンや携帯も使っているようでいて、どこかに「壁」があるのだ。この辺りの感覚などは、40代の人だとちょっと違うかもしれない。

もっと、大きな差は「親を送ったかどうか」ではないだろうか。同世代と話すと、既にどちらかの親を亡くしているいる人が多い。既婚者で「それぞれの親4人が元気」ということは稀だ。僕の場合は、48歳で父を送っている。

この経験は、大きい。「次は自分の番」であることを否応なく突きつけられる。そして、残った親の老いを目の当たりにしながら、答えのない自問をする。 >> 40代と50代の違いは、「親の年齢の違い」なのだとも思う。の続きを読む