あけましておめでとうmonkeyございます。御慶!という落語を一昨日に聞いたので、早々の正月気分だったけれど、まあ東京だと穏やか過ぎるくらいの陽気の年末年始だった。
この写真のサルは、多摩動物公園で11月に撮って賀状に使ったのだけれど、この頃の方が寒そうにさえ見える。

日本には、いろんな慣習があって、流行り廃りもあるけれど正月は変わらない方なのだろうか。ただ、「昔は飲食店はまったくやってなくて、江の島の喫茶店が正月料金だった」と言ったりすると、まあ齢がわかるというものだ。

初詣の風景は相変わらずだが、凧揚げはめっきり見なくなったし、羽子板や独楽回しなどはどうなったんだろう。

いずれにしても、「恒例」というのはありがたいところもあって、「また新年を迎えられた」というのは、たしかにめでたい。

ところが、仕事などを含めて「恒例ばっかり」になるのも問題かなと思うようになった。 >> 2016年、高齢化と恒例化をどうにかしたい。の続きを読む



クリスマスというのは、夫婦二人の家庭にとっては「つかみどころ」がないイベントでもある。若いうちであれば、ツリーのきれいなところに行ったりしたが、最近は馴染みの和食や鮨の店に行くことが多い。

24日は近所の和食屋だったが、似たような年代の夫婦や母娘でにぎわっていた。欧系料理の店は、特別メニューになることが多く、そういうのに背を向けているような年代の人が多い。

それにしても、クリスマスというの日本人の生活にとって不思議な位置づけになっている。

「子どもがプレゼントをもらう」という日であることは、結構前から今にいたるまで続いているが、「カップルで過ごす」あたりは相当怪しい。

大学のサークルは1月初旬に毎年コンサートをしていたので、クリスマスの時期は追い込みだったので、あまり意識していなかった。何となく覚えているのは、4年の頃に空気感が変わっていたことだ。練習の後に居酒屋に行ったとき、一年生の男性が「クリスマスですよねぇ」と、疑問を呈すような口ぶりだったのが印象的だ。

まさに、バブルの前夜で、それ以降どうなったのかは古文書や長老の伝承を聞けばわかるだろう。

ただし、クリスマスが戦後70年の間でどう変化したかというような「考古学」的なまとまった研究はないように思う。

ちなみに、クリスマスは「キリストの誕生を祝う日」だけど、「キリスト」の誕生日ではない。いろいろな説があるけれど、冬至近辺の異教徒の祭りに合わせてキリスト教陣営が当ててきた、つまり「裏番組つぶしのキラーコンテンツ」だったとも言われている。

まあ、経緯はともかく結果としてクリスマスは冬至に近い。つまり、もっとも一年で最も日が短い時期になるわけで、勢い家路を急ぎたくなり、人恋しくもなるだろう。緯度の高い欧州では、15時過ぎには暗くなるという。 >> 日本のクリスマスは「冬至祭り」みたいなものなのかも。の続きを読む



食習慣は人さまざまだが、酒を飲むかどうかによる違いは相当大きい。僕は、自宅でも何らかの酒類を飲みながらの夕食は多いし、外食でも同じだ。まず「飲み物はいかがしましょうか」と訊ねられることに違和感はない。

だから、「居酒屋で水ばかり頼むのはあり?」とかいう記事を読むと、そりゃないだろうなと思ってしまう方だ。

ただ、忘年会というものが殆どなく、今年は一件もない。フリーだと、自分で声かけなきゃそんなものだろう。もともとそういう会は嫌いで、寒い中グジャグジャの繁華街歩くのとか嫌なんで、この時期は順調に引きこもっているのだ。

一方で家人にはそれなりの集まりがあるので、1人で馴染みの店に行ったりもするがそれにも飽きたので、「まあ飲まずにメシだけ」と考えると意外と選択肢が少ない。

ハンバーガーや、牛丼などのファーストフード以外には、蕎麦屋、ラーメン屋、ファミレスなど。定食は、居酒屋などが昼に出していることが多く、夜に見つけるのは難しい。

少しゆっくりしたいと思うとファミレスはたしかにいいんだけど、ご存じのように相当店を畳んでしまった。

カフェにはそういう店舗もあるけれど、カフェという業態自体が特定の地域に偏っている。

となると、改めて飲まない人の気持ちがわかるし、飲めるけど「メシだけゆっくり食べたい人」のニーズだってもっとあるだろう?とか思うのだ。

ことに都心部はその傾向が強くて、大学の講義の後に大戸屋で食べていたら満席だったけれど、殆どが一人客だった。たしかに、他にそういう店はないのである。 >> ここは東京なのに「夜に和定食」を食べるのが難しいとは。の続きを読む



「牛丼、3カ月食べ続けたら… 吉野家が研究結果を公表」という見出しが朝日新聞DIGITALに載っていた。吉野家HDがおこなった実験なんだけど、結果としては「健康リスク」は増えないということらしい。

気になったので同社のウェブサイトにあるプレスリリースを見てみたんだけど、これ、実に興味深くて、少なくても朝日の記事だと見出しは正確とは言えない。

実際に食べたのは「牛丼の具」なのだ。

リリースのタイトルも『吉野家「牛丼の具」の長期連続摂取に関する研究』とある。

つまり、この「具」を一日一食、12週間続けて食べてもらったというわけだ。

でも、これって、実験と結果のロジックを考えてもらうのにいい素材だと思う。高校生あたりに問題を出して考えてもらうと、ちょうどいいんじゃないだろうか。

「この実験から、『日常的に、牛丼を一日一食3か月食べても健康リスクは増加しない』と言えると思うか。理由とともに述べよ」 >> 「牛丼3カ月食べ続けたら」にツッコミを入れてみる。の続きを読む



ちょっと前に、ふとした拍子から「ベジタリアン」について検索してみたことがあった。そうしたら、「ピカソがベジタリアン」という話が出てくる。

え?と思ったのは、そもそもピカソのパワフルなイメージにベジタリアンというのがピンと来ないからだ。彼は、女性関係も派手だったし、いかにも「肉食系」だ。

また、以前見たドキュメンタリーで晩年のピカソを知る肉屋が語っていたのだが、その時に「牛の睾丸」が好物だったと話していた記憶がある。ああ、なるほどなと感じたのだ。その方がベジタリアンよりも、遥かにイメージ通りだし。

そっちで調べると、このようなブログ記事もある。たしかに、2011年のNHK-BSのようだ。多分、この時の記憶だろう。

そして、このネット上に出てくる「ピカソがベジタリアン」という話だがどうも怪しい。出典がなにもわからないし、そういう記事を辿っていくと「低速ジューサー」を売るための企画だったりする。

ベジタリアンになれば健康で賢くなれる、という煽りの中でいろんな人が「有名なベジタリアン」を探しているようだ。そして、「ピカソがベジタリアン」というのは、とある人のインタビューでの発言が元になっているらしい。

それは2009年の市川海老蔵のインタビューで、そこで彼はこう言ってるらしい。

報知新聞2009年1月6日のインタビューで、「ダ・ビンチとかピカソとか、尊敬する人にどうも菜食が多い」と言ってたようだ。(ウィキペディアより)で、彼もそうしていたらしい。(今は知らない) >> ピカソはベジタリアン、というネットの落とし穴。の続きを読む