もう寝ようかという頃、やっと始まったイチローの記者会見を見ていたら、「引退」という言葉が出たタイミングで日本テレビがCMを入れて、結局その後はAbemaTVでついつい見続けてしまった。

いや、しかしこれはある意味歴史残るかもしれない。いや、日テレのCMじゃなくて、イチローの記者会見の話。スポーツ史に残るのかは専門外だけど、メディア史には残るんじゃないか。

というのも、この記者会見は「記者会見ってこんなものだよね」という視点からのイチローの言葉が何度も出てきて、そのたびに「記者 vs. イチロー」という構造が解体されてしまったのだ。そして、それを見ている視聴者も含めた三角関係の遥か上、ある意味「神の視点」のようなところからイチローは言葉を発する。

まず、第一声からしてそうだった。

「こんなにいるの? びっくりするわ。」

というのは、記者とイチロー、そしてモニターの前で固唾を飲む視聴者をまとめてどこかの高みから見ている感じだ。

いわゆる「メタ的視点」ということなんだろうけど、これがナチュラルに進んでいくのがイチローらしい。

「そんなアナウンサーみたいなこと言わないでくださいよ」

「それはいわない方がいいいんだよね。やぼったくなるから」

このあたりは、記者の質問をちょっと上から見て評してる。でも、「上から目線」的ないやらしさは感じない。

「僕には感情がないと思っている人もいますけど、意外にあるんですよ」

「何になるんですかね。元カタカナのイチローになるんですかね」

こんどは、自分自身をまた別の視点から見て、自分をからかっている。そうやって、この会見の間「ちょっと別のところから見ているイチロー」が何度もいた。

これが続いているうちに、もうこれはある種のメディア批評の極致なんじゃないかという気がしてきた。だって、何度も出て来て流行語にもなりそうなあのフレーズがそうでしょ。

「おかしいこと言ってます?」

もう、これ自分に向けてるわけじゃないわけで、記者の方に向いている。ふつう記者会見は、記者側が「相手の姿を明らかにしてメディアで伝える」プロセスなのに、この会見では「記者たちのセンスがメディアでバレちゃう」プロセスに反転しちゃったのだ。

でも、こんなのフツーはあり得ない。これ渦中の企業の首脳、たとえばあの自動車会社の社長が元会長のことをいろいろ話してから一言

「おかしいこと言ってます?」

聞いてみたい気もするけど、まあないだろう。

「なんか立派なこと言ってるけど、メディアの記者ってどうよ」と薄々誰もが感づいている時代に、それを軽々と明らかにしてしまった80分以上の会見。

でも、僕がイチローの矜持を感じたのは「生きざま」という言葉を発した記者の質問への返答だった。

「生きざまというのは僕にはよく分からない。生き方という風に考えれば……」

と切り返したのけど、これは痛烈だったなあ。いつ頃からか、やたら「生きざま」という言葉が流行ったのが何か嫌だったんだけど、イチローもそう思ったのか。

マスコミの言葉選びの”雑な感じ”が、一瞬にして浮かび上がったようだった。

かくして、イチローによってメディアは解体されてしまった。後に残ったのは「人々を代表して質問している」はずのメディアや記者たちの「ちょっと残念な風景」だ。

と、いまになってちょっと分析してみたけど、見ている間は心が揺さぶれることが何度もあった。選手を退いた彼は、これからいったい何を見せてくれるんだろうか。



とある人気歌手がテレビに出て作詞術を語った時に、周りの人にいろいろ尋ねながら書いていくという話をしたそうな。そうしたら、例によって「ネット上では賛否」とかなっていたらしい。

しかし、なんかSNSとかの反応まとめて「賛否」って見出しつけるのもどうなんだ、と何度も思いつつ今回の件は気になってしまった。

というのも、批判する人は「マーケティングで歌作るなんて」と言いたいらしいけど、いや芸術ってそういうところあると思うわけで。

以前大学でキャリア論を教えていたんだけど、まあだいたいは「やりたい仕事をするべきか」みたいなテーマが出てくる。で、僕は「いや、誰だってまず“できること”“売れること”をして生活のこと考えるんじゃないか?」ということを言っていた。

その時に話したのが、モーツァルトの話で、31番目の交響曲だ。

通称「パリ」と呼ばれるんだけど、名前の通りパリで演奏された。で、モーツァルトはどうしたかというと、思いっきりパリで受けるような技巧を散りばめた。

そして、受けた。手紙にもその辺りをことを書いている。こうした事情については、たとえばこちらのページなどが詳しいだろう。

まあ、モーツァルトもマーケティングしていたと言っていいんじゃないか。 >> モーツァルトだってマーケティングしてたんじゃないか?という話。の続きを読む



カルロス・ゴーンが逮捕された。報道などを眺めていると「日本のメディアのいま」が見えてくる気もする。

というのも今回の事件は相当にややこしい。日産からの発表や検察からの情報だけで、「はいわかりました」という感じにはなれない。だからと言って、何を言っても推測になる。これはメディアにとっては、「おいしい」状況だ。ネタが豊富なので、いろんな好みに合わせられる「バイキング料理」状態なのである。
そして、あっという間にお腹いっぱいだ。

とはいえ、ざっくり4つに分けるとこんな感じだろう。Pゾーンの地上波TVなどは「公的発表+したり顔のコメンテーター」というお馴染みの組み合わせ。ベルサイユの一件などワイドショーと相性の良いネタもある。

日中のテレビはかつては主婦、その後は高齢女性がターゲットだったけれど、最近はリタイアした男性も多い。だから「日大タックル」のような事件が結構続くのは、あれがある種のサラリーマン社会の縮図だったからだろう。

そういう意味で今回のニュースも、そうとういろいろ引っ張れそうだ。ただし、その質はまあそんなものである。

一方で、いわゆるビジネスパーソン相手のQのゾーンはもう少しいろんな解説をしてくれる。ルノーとの関係や、フランス政府の関与など。ただし、まだまだ掘り下げは足りない感じにもなってくる。 >> ゴーン逮捕で見える「メディアのいま」。の続きを読む



最近話題になることが多いようだけど、個人的にはなんか急速なネタ切れ感もあり、結局は「諸説あります」かよ、と見なくなった番組がNHKの「チコちゃんに叱られる!」だったんだけど、先日「どうしておじさんは“おやじギャグ”を言う?」というのが気になって覗いてみた。

なんか脳科学者と称する人が出てきて言うのは、「連合記憶」が50代をピークに活性化する一方で、前頭葉がダメになり、節制が効かなくなる、とかいう説明だった。女性が言わないのは、左脳と右脳の関係云々というわけで、実はこの手の話は放映以前からネットの記事などにも多い。

脳科学、というのはある種の説得力がある、というか「脳本位制」みたいな人は結構いるので流行るし、なんか自分のできないことを「脳のせい」にしたい人には便利なのだろう。ただ、一歩間違えると性差別にもなるし、ちょっと調べればまだまだ未知の領域があるので、個人的にはそれこそ「諸説あります」程度に聞くことにしてる。

ただ、この「オヤジギャグ」については自分でも関心があって、一応仮説がある。それは「承認欲求が満たされない不安から言ってしまうのでは」ということだ。

「自分の存在は周りから忘れられてないか」という承認不安が、オヤジギャグの原因ではないかと思うのだ。 >> 「オヤジギャグ」は、承認不安が原因だろうと思ったんだけど。の続きを読む



なんか、JR東日本で大変な苦労をした。いや、電車で不快とか駅で困ったとかいうわけではない。まあ、あれだけの客を捌いているのだから、十分に頑張っていると思うくらいなんだけど。

で、苦労したのはネットの話である。晩秋に遠出をするので、久々にSuicaやらのポイントを使おうと思ってサイトを見たら、JREポイントへ移行しなさいと言う。ああ、そんなこと言ってたなと思い、手続きをしたのだけれど、これが大迷路なのだ。

そもそも、JREポイントに登録する時に「JREポイント番号」を要求される。どこにあるんだ?と思うと、僕のビューカードの請求書にあるという。でも紙の請求書はないので、VIEW’S NETを見ろと言うので、そこで請求を見ると書いてない。

紙に似てるけど、そこにはない。しかもサイトのどこにあるのかを教えてくれないのでウロウロ探す。それで、どうにかなったと思ったけど、まだやることはあった。

まず「えきねっと」のポイント移行もまだだと言われる。つまり、予約サイトは別のポイントだったのだけれど、これを移行しようとしたら今度は「ポイント交換番号(10桁)」が必要だと言われる。

この番号は、さっきの「ポイント番号(12桁)」とは違うのだけれど、これをまたJREのサイトで探すのだけれど、なかなか見つからない。

変だな?と思ったらそもそも僕のSuicaがまだ登録されていなかったのだ。 >> JR東日本のJREポイントなどが、温泉旅館の大迷路だった。の続きを読む