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        <title>from_NY</title>
        <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/</link>
        <description></description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
        <lastBuildDate>Thu, 10 May 2012 09:08:55 +0900</lastBuildDate>
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            <title>経営者が「報復」という言葉を使う時。</title>
            <description><![CDATA[<p>=========================================================<br />
企業の評価というのは、多面的になされるものだと思うし絶対的な尺度があるわけではない。たとえばいまオリンパスは大問題になっているけれど、その商品の価値までが否定されるか？というとそういうわけではないよね。<br />
だから、就職の相談を受ければその個人との相性なども含めて具体的にアドバイスすることもあるけれど、講義ではあまり特定の企業の問題点を掘り下げるよりも、メディア・ビジネスの構造について理解してもらうことにしている。<br />
ただ、ここまで騒ぎになると気になると思うので、今日はちょうど先日訴訟のあった件について見てみよう。<br />
（スクリーンで記事とプレスリリースを紹介）<br />
「DeNAがゲーム制作会社に圧力をかけた」ということで、10億以上の損害があったということだ。もちろん、DeNAは反論するだろうし、どちらに理があるかはこれだけの情報ではわからない。<br />
ただし、１つの疑問と仮説を立てることができる。<br />
競合どうしが、有力パートナーを「囲い込もう」と競い合うのは以前からよくあることだ。かつてのゲーム業界もそうだった。ただし、どうして訴訟までするのか。<br />
それが、疑問。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/05/post-112.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">マーケティング</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">グリー　訴訟</category>
            
            <pubDate>Thu, 10 May 2012 09:08:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>マックの店員はマスターズにもウィンブルドンにも出ない。</title>
            <description><![CDATA[<p>世の中には稚拙な議論が溢れていて、ネット上ではそれがテキスト化されるのだが、僕はいちいち突っ込まない。ただし、あまりにも議論の前提がひどい場合には、やはり書かないわけにはいかない。特に、キャリアについての議論となればなおさらだ。<br />
<a href="http://www.ikedahayato.com/?p=7562">錦織圭や石川遼はマックでバイトしない--「大学に行かない若者」と接して</a>というエントリーをたまたま目にして思ったことを手短に書いておきたい。<br />
誰だって自分にとって理想の仕事や生き方がある。ただし、他の人の生き方には敬意を払ってほしいと思う。卑下してほしくない。<br />
それだけのことだ。<br />
この文章を読むと、どうやらマックジョブは「解放されるべきもの」らしいけど、それはマックジョブを「不本意なもの」として行っている人の価値観だということだ。<br />
だから、人それぞれだから別にいいという考えもあるだろう。<br />
ただし、世の中には自分の能力を最大限に発揮することで、そうした作業をおこない対価を得て生活している人もいる。そうした人にとって、マックジョブの仕事は目いっぱいのものであり、決して努力していないわけではない。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/04/post-111.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">職業に貴賤なし</category>
            
            <pubDate>Thu, 19 Apr 2012 16:42:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>毎年100万人生まれるということ。</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="number of births.png" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/number%20of%20births.png" width="385" height="302" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
大学でも企業でも、マーケティングのレクチャをする場合はたいてい人口の話から入る。<br />
国内市場の話が多いので、当然少子高齢化や人口減少に関するデータを見せることからスタートしていくことが多い。<br />
別にマーケティングの世界に関わらず日本の人口問題で話題になるのは、出生率である。これが1.2~1.4辺りで推移していることはよくニュースになる。<br />
しかし、僕が気にしているのは率ではなく「出生数」である。なぜなら、市場の規模を規定するのは人の「数」だからだ。大規模な戦争や疫病のない限り、2011年に生まれた105万人（厚労省推計）が作る市場はかなり先まで見通すことができる。<br />
そして、2011年生まれが減ることはあっても「2011年生まれが増える」ことはない。（移民政策が変更されない前提で）6年後のランドセル需要も、20年後の成人数もある程度読めるわけだ。<br />
そして、出生数という絶対値を調べると意外な風景が見えてくる。<br />
第一次ベビーブーマーはピークが270万人ほどで、第二次でも210万ほどだ。そこから比べると近年の「100万人＋」という数字はたしかに少ないように思える。しかし、これを国際比較で見ると意外なことがわかってくるのだ。<br />
2つの表を見ていただきたい。出所は<a href="http://data.un.org/Data.aspx?d=SOWC&f=inID%3A75">国連のデータ</a>（2009年だがこれが最新のよう）である。出生数を国別に上位から並べると、まずトップがインドで2700万弱、ついて中国が1800万強。1000万超はこの2カ国で、以下、ナイジェリア、パキスタン、米国と続き、日本は25位である。そして、その次からは100万人以下となる。（ちなみに同年の厚労省データでは出生は107万人である。経緯は現時点で不明だが論旨に大きく影響しないのでこの数字を使う）<br />
さて、ここでは中間を略したが出生数の多いのは、概して新興国である。そこで、G8だけで抜き出してみると、別の風景が見える。日本の出生数は、米国、ロシアの次になるのだ。（それにしても先進国でこれだけ出生数が多いことに米国の底力を感じる）。<br />
このデータはいろんなことを示唆している。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/03/100.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">マーケティング</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">出生数　国別</category>
            
            <pubDate>Tue, 27 Mar 2012 11:21:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>シェアさせていただきます。</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="pizza.png" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/pizza.png" width="328" height="196" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
言葉づかいの中でも敬語というのは日本語固有の問題なんだろうけど、最近気になっていて、多くの人が指摘しているのにあまり変化がないのが「過剰敬語」だ。僕の記憶では、このことを「かえって失礼」とハッキリ指摘していたのは、詩人の大岡信だった。もう20年くらい前ではないだろうか。「こだわり」というのも、広告コピーのせいで「いい意味」になってしまった、という話を書いていたりもした。<br />
「それではご説明させていただきたいと思います」<br />
これは「説明申し上げます」くらいで十分だと思う。過剰敬語だと大事なプレゼンテーションで、何か勢いがそがれるように感じるのだ。<br />
最近、面白いなと思うのがフェイスブック内の言葉づかいで「シェアさせていただきます」というフレーズ。直接知らない人からの、情報だとこういう言葉になるんだろう。ある意味、人と人との距離感が素直に出ている気もする。<br />
「シェア！」<br />
「シェアします」<br />
「シェアさせてください」<br />
「シェアさせていただきます」<br />
「シェアさせていただきたいと思います」<br />
「シェアさせていただきたいと存じますがよろしかったでしょうか」<br />
などというように、フェイスブック内でも距離感は微妙に使い分けられていくのだろうか。<br />
そういえば中華料理の店などで大皿で料理が出てくると、店員が「こちらでおとりわけいたしましょうか」とか言うことがある。<br />
「それではシェアさせていただきます」<br />
もし、そんな言い方をしたら、その人はきっとフェイスブックユーザーに違いない。</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/03/post-110.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世の中いろいろ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">フェイスブック　シェア</category>
            
            <pubDate>Mon, 12 Mar 2012 12:23:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>小澤征爾の&quot;アリア&quot;</title>
            <description><![CDATA[<p>近所にあるワインバーで、大変いい店なのだが一つ困ったことがある。お手洗いに入ると、どのセンサーがどう働くのか「G線上のアリア」が鳴るのである。酔いが覚めるというか、回るというか。<br />
そして、ふと思い出した。それは、1995年1月20日の東京文化会館。冒頭に演奏されたのは、プログラムにはなかったバッハの管弦楽組曲第3番より"アリア"。つまり「G線上のアリア」である。<br />
この曲に先立って、舞台に登場した小澤征爾が客席に振り向いた。<br />
「先の震災で亡くなった方々のために、バッハのアリアを捧げます」<br />
この時の客席の空気感を伝えることは難しい。演奏が進むにつれて、心なしかすすり泣きも聞こえた気がする。最後の余韻が消え去っても、誰も拍手をしない。一度、袖に戻った小澤征爾が再度登場して、タクトを振りおろす。<br />
誰もが知っている、あの動機。そう、この日の一曲目はベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調。いわゆる「運命」だったのだ。<br />
そして、バッハの曲とベートーヴェンのシンフォニーはあたかも一つの曲のようだった。小澤征爾の演奏を聴いた中でも、この日の印象は大変に強い。阪神大震災の直後、ということも影響していることはもちろんだが。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/03/post-109.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">見聞きした</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">小澤征爾　G線上のアリア</category>
            
            <pubDate>Thu, 08 Mar 2012 16:05:12 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「感謝欲過剰」になった日本。</title>
            <description><![CDATA[<p>先日、居酒屋チェーンの社員が過労死した裁判の後で「日本のブラック企業の進化」が話題になった。話題になった<a href="http://d.hatena.ne.jp/Lacan2205126/20120222/1329895239">こちらのブログ</a>では日本社会の同調圧力に注目していたけれど、僕はちょっと別の面からこのことが気になっている。<br />
それは、日本人とりわけ若い人の「感謝欲」が過剰になっているのでは？ということだ。<br />
人間の動機にはいろいろな分類があるんだけど、僕は就転職の相談などを受ける時に、特に2つの「欲」を気にする。それは「賞賛欲」と「感謝欲」だ。<br />
前者はわかりやすいだろう。人から「すごい！」と言われたい欲求だ。これは「目立ちたがり屋」であり、人から喝采を浴びることを望む。<br />
一方で「感謝欲」というのは、人から「ありがとう」と言われたいという欲求だ。つまり人のために尽くす人が多く、まあ一般的は「いい人」である。ただ、キャリア研究ではこれを「感謝欲」と捉える。意地悪なようだが、結局人に尽くすというのも自己の欲求を満たしている、と考えるのである。<br />
さて、この「感謝欲」が強い人は、使う方から見れば便利だ。起業したオーナー社長などは「賞賛欲」に「影響欲」が加わったタイプが殆どだと思うが、これがとりわけサービス産業だとどうなるか。<br />
そう「感謝欲」の強い社員は重宝なのである。<br />
そして感謝欲の強い人は、「ありがとう」といわれると、モチベーションが上がる。そして、さらに頑張る。接客業もそうだが、福祉や介護、あるいは保育などの現場でもよく見られる。「お客からの笑顔で疲れが吹っ飛ぶ」という人もいる。<br />
しかし、それが危険なのだ。</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-108.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">感謝欲</category>
            
            <pubDate>Wed, 29 Feb 2012 11:38:28 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>フリーの花道⑤会社という場の意味</title>
            <description><![CDATA[<p>昨年、父の余命が半年とわかってから、いろいろと大変なことはあったが、一番予想外だったのは、人に話す機会が想像以上に少なかったことである。<br />
そして、それは自分の働き方とも関係していたのだった。<br />
大体、夜に人と食事するのは週2回程度にしている。健康管理上の問題もあるが、そのくらいが、自分にとっては「ちょうどいい」のだ。会う相手はさまざまだが、大体二週間くらい前にはアポを取ると思う。<br />
つまり、あらかじめ「何時会いましょう」と決めるわけだ。<br />
ところが、このアポイントを決める気が失せてしまった。会いたい人はいるのだが、会えばそういう話をしたくなるだろう。ところが、わざわざ約束をとって重い話をするのは気が引ける。<br />
結局、同年代以上の友人で、既に同様の経験をした人と話すことが多かった。<br />
そして、会社員時代のことを思い出すと、みな昼飯の時なんかに何気なくそんな話をしていた気がする。<br />
「いや、実はオヤジがですね...」<br />
と、病気に関する打ち明け話を誰かがする。そうすると、先輩が声をかける。<br />
「そっか...うちの時はな」と話を聞かせてくれて、「まあいざという時は、まかせておけ」とか「おふくろさんの近くにいてやれよ」という会話になっていく。<br />
そんな風景を若い頃に見ていて、「いつかこういう日が来るのかな」と思っていた。そして、実際にその日が来た時に、僕は会社にいなかった。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-107.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 24 Feb 2012 09:53:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>フリーの花道④土壇場の覚悟</title>
            <description><![CDATA[<p>フリーランスになって、というよりなる前から気になっていたのは健康のことだった。もちろ大病も怖いが、「風邪で仕事に穴をあける」みたいなことだって、会社員より遥かに気を使うことになる。<br />
仮に一日研修の講師をおこなう日に、インフルエンザになったらどうなるか。そのために全国各地から来ている人もいるのに「自習」とかで済むわけがない。想像するだけでゾッとして体に悪そうなので、想像もしないことにした。<br />
そういうわけで、手洗いとうがい、それに睡眠という基本は風邪予防の基本として有効であることは、とりあえずこの10年くらいの経験から推奨したいと思う。<br />
ところが、どうにも避けがたいことがあって、それは家族に不幸があった時のことである。これこそ、あまり想像したくもないわけだが、昨年の春先に父の余命が半年あまりであることを医師から告げられて、にわかに現実問題となってしまった。<br />
こういう時は冷静さを欠くので、とりあえず非現実的なケースしか思い出さない。たしかバーンスタインが奥さんを亡くした時に日本公演をキャンセルしたことがあったなあ、とか。<br />
だから、どうなるというのやら。<br />
現在のクライアントに、あらかじめ挨拶をしておくことはしたが、「万が一の場合は」を前提にして話すわけにもいかない。知り合いに、こうしたケースでどうしたかを尋ねたが、これといった解があるわけでもなかった。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-106.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">マーケティング</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 23 Feb 2012 09:39:42 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>フリーの花道③意地と屈折</title>
            <description><![CDATA[<p>一人で仕事をしている人は、意地がある。それは、会社組織への対抗心のようなものかもしれない。それは、フリーの人でなくても想像できるのではないだろうか。<br />
そして、もう一つが「屈折」だ。これは、ちょっと説明を要するかもしれない。<br />
フリーランス、特に企業を辞めた者は、一方で企業のことを気にしている。当然、古巣のことが気にかかることもある。<br />
そして、その企業の業績が良くても悪くても、何だか気になったりしているのだ。多くのフリーランスはそんなことを敢えて口にはしない。それはそうだろう、あまりにカッコ悪いからだ。<br />
もし自分が独立した後に思うように仕事がなく、一方で古巣の会社が好業績だったりする。その場合、果たして自分は冷静でいられたかというと、そんなことはなかっただろう。そして、自分の仕事がうまくいっていて、かつていた会社が不調だったりすると、それはそれで気になったりする。<br />
何か、大変にややこしいのだけれど、これは実際に会社を辞めた人同士で話していると感じることでもある。<br />
時には、この屈折をものすごいエネルギーに変えてしまう人がいる。勤めていた会社の内幕を暴露するような本を書いちゃったり、いつまでも辞めた会社や業界の悪口を言い続ける人だ。<br />
一方で、自分の中の屈折をちゃんと向き合えない人がいる。そういう人は、とりあえず会社組織というものを否定してみたがる。みたがるんだけど、何となく根拠がないので空回りをするのである。<br />
別にフリーにならなくても、転職をした人と話すと、時折似たような感覚を持っていることに気づく。そして、あっけらかんとしているよりも、適度に屈折している人が、何となくカッコいい気もするのである。<br />
まあ、それは自分の思い込みかもしれない。<br />
そして、そうした屈折とは無縁に見える会社員を見て、ときおり「それもいいよな」と思ったりしながら、「いや自分は正しかった」と自答を続けるのが、まあフリーの正しい屈折だったりするのである。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-105.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 22 Feb 2012 11:37:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>フリーの花道②あえて「ノマド」ではなく。</title>
            <description><![CDATA[<p>僕が会社を辞める前に考えたのは、「最低でも幾ら収入が必要か」ということだった。そこで、自分にとっての「ミニマム・ライフ」を設定することにした。そうなると、必然的に基本方針が決まり、まず心がけたのは「コストの最小化」だった。<br />
幸いネットの時代だったので、オフィスを借りたり秘書を雇わなくても「店構え」を作ることはできる。だからホームページはそれなりに手をかけた。<br />
一方で自宅は広くなかったので、客が来ることは想定できなかった。<br />
今でもあるのだが、入社3年目の頃に買った小さな引き出し型のラックを使い、書き物ができるスペースだけこじ開けた。そして、打ち合わせはすべて外にすることにして、小さなPCとリュックを買い求めた。<br />
ミーティングは同じ日に集中させて、空いた時間はカフェで原稿などを書く。クライアントの近くにある店には詳しくなって、どこにウォシュレットがあるかも把握した。<br />
その後、越したので仕事スペースは改善されたが、今でもその基本スタイルは変わりない。<br />
リュックもPCも同じものだ。デジカメやポインタをしまう場所も決まっている。<br />
それは、「ノマド」的なのかもしれない。だが、その当時にそんな言葉はなかった。そして最近の議論を聞いていると、何か違う気がする。それは仕事のスタイルではなく、心持ちの問題なのだと思う。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-104.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ノマド</category>
            
            <pubDate>Tue, 21 Feb 2012 11:26:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>フリーの花道①自由業は自決業。</title>
            <description><![CDATA[<p>ブログを書いていると、意外なエントリーの反響が多かったりする。最近だと<a href="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/01/post-84.html">「フリーランスの勘違い」</a>とか<a href="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-102.html">「世界を変えたい若者って」</a>みたいな、「働き方」についてのものが多い。<br />
で、僕は2004年の9月に独立して以来、法人組織にしていない。そして7年くらいが過ぎた。そこで感じたことを書いてみようかと思うのである。<br />
一応短期連載予定で、今日が第1回目である。タイトルは「フリーの花道」。「フリーの心得」とか考えたけど説教臭いので、特に意味なしタイトル。<br />
で、そもそもフリーっていうのは「旬な働き方」なのだろうか。<br />
会社に捉われない生き方、というのはよく耳にもするが、そもそも日本では自営業者は減少を続けている。1990年に878万人だったのが、2010年には579万人だ。一方で雇用者は4835万人から5463万人に増加した。非正規雇用が増加したこともたしかだが、常雇も増えている。<br />
着実に会社員は増えているのだ。<br />
僕は2004年の9月に独立して以来、法人組織にしていない。そして7年くらいが過ぎた。そこで感じたことを書いてみようかと思うのである。<br />
で、今日のテーマは「自由と自決」である。<br />
「自決」と言っても、いきなり切腹したりする話ではもちろんない。「自分で決める」という意味で、そういえば世界史に唐突に出てくる「民族自決」の「自決」だ。<br />
<strong>フリーランスの適性があるかどうかは、この「自決力」があるかどうかだと思う。自由業は自決業と言ってもいい。</strong>もちろん、「自決力があること＝優れた人」ではない。これはあくまでも適性の話である。これを勘違いしている人が多いことは、以前にも書いた。<br />
この「自決力」について考えたのには、ハッキリとした記憶がある。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-103.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 20 Feb 2012 10:13:26 +0900</pubDate>
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            <title>「世界を変えたい」若者って。</title>
            <description><![CDATA[<p>就活を控えた学生と話していると、大きく二つの流れに分化している気がする。<br />
1つは「自分の就職はどうなるんでしょうか」ととにかく不安になってしまうタイプ。リーマンショック以降の雇用不安で、こうした傾向が目立つようになった。こういう場合は、まず冷静に自分のことを見つめ直して自信を与えてあげることが大切になる。<br />
もう一つは、まあ少数派なんだけど「世界を変えたい」とか「世の中の仕組みを変えたい」とかいう学生。「利益よりも幸福」みたいな先走ってる感じ。<br />
しかし、先走るのはいいけれど走る方向は問題だらけだったりする。<br />
就活学生じゃなくても、まあ若い人によくある「世界を変えたい」欲求は、実に不思議な広がり方をしている。まあ分析してみると幾つかの流れがあることもわかる。<br />
その１：漠然とスティーブ・ジョブス（のような人）に憧れて「世界を変えたい」人<br />
ジョブズについては詳しいのだけど、それだけだったりするので結果的に何のオリジナリティもない。<br />
その２：既得権益がすべての悪だと思っていて「社会を変えたい」人<br />
伝統的企業が嫌で、マスメディアも憎むのはいいんだけど、そのまま陰謀史観にたどり着きかねない人。一方でネットの可能性については無邪気に信じている。<br />
その３：単なる中二病<br />
妄想乙。特にコメントなし。<br />
しかし、やたらと世界を変えたがる若い人には共通点がある。<br />
</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 16 Feb 2012 11:05:24 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>バレンタインと入社式。</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="valentine.jpg" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/valentine.jpg" width="369" height="279" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
今日フェイスブックを眺めていると、何だか「話が合わない」感覚になっていた。そうか、バレンタインデーなのである。バレンタインデーはもちろん、「男女の愛を確かめあう」ということで結構なのだが（←ひどくオジサンくさい言い回しだ）、義理チョコのようなお祭りがあって、それはオフィスに行かないとわからないわけだ。<br />
今日は妻も家にいて、さっき昼飯を一緒に食べたのだが、チョコはどうなんだろう。最近はあったりなかったりかもしれない。夜は落語の公開収録に行く。まったくバレンタインじゃないけど、まあそれはいい。<br />
で、こういう日にネットを眺めていると、やっぱり会社勤めのことを思い出す。で、なんで自分はフリーを選んだろうなとか改めて考えたりもするのだ。<br />
一番最初に「会社辞めようかな」と思ったのは入社式の時だった。それは、大変によく覚えている。式の後の人事の説明で「定年まで38年ある」と言われたのだ。<br />
そんなこと、考えていなかった。そして、「こりゃ、長いな」と思ったのだ。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-101.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">キャリアのことも</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 14 Feb 2012 12:35:31 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>ローカル化する本棚。</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="tower.png" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/tower.png" width="360" height="270" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
「タワー棟」を新築した。別に家を建てたのではない。自宅の仕事部屋の棚を増築したのだ。おそらく、その殆どは書物で埋まるだろう。<br />
今の部屋はオーダーメイドの書棚とデスクがある。難儀なのは書籍の収納だ。どうにも大変になって来たので、写真のように棚を増やしたらいかにも「タワー棟」のようだ。<br />
この部屋には写真に写っていない所にもう一つ本棚がある。別の部屋にもあと二つあって、この工事と一緒のタイミングでもう一つ増やした。<br />
で、近所のレンタルルームに天井までの書棚が５つある。これがかなり埋まってきている。つまり書物の収納はかなり悩ましいのだ。どうしてくれよう、というわけで当然電子書籍の話が気になる。キンドルとか、どうなるんだろ。<br />
電子書籍に否定的な人って、こういう悩みはないんだろうか。よほど広大な家に住んでいるのか、何か本を小さくする技術でも持っているのか。ドラえもんにあった気がするが、そういう道具が。<br />
出版関連ビジネスが、電子書籍にいま一つ積極的でない理由もいろいろあるだろう。「紙は古い」で済むわけもない。自分だって本を書く立場だから、まあ事情はわかる。しかし、一人の読者としてはやはり「アトムからビット」になってもらわないと、収納のためにカネを使うのはいい加減にそこそこにしておきたいわけだ。<br />
しかし、日本で電子書籍の展開が鈍いのは「日本」の問題というより「日本語」の問題なんだろうと思う。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-100.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世の中いろいろ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">電子書籍　英語圏</category>
            
            <pubDate>Mon, 13 Feb 2012 14:59:28 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>僕の最終面接の記憶。</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="watergate_montage_2.png" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog/watergate_montage_2.png" width="369" height="222" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
就活が始まる頃になると学生から決まって聞かれることがある。<br />
「どうして、広告業界を志望したんですか？」<br />
「自己PRとか志望理由はどんなふうに書いたんですか？」<br />
聞きたくなる気持ちはよく分かるのだけれど、うまく答えてこなかった。半分はホントに忘れているのだが、もう半分は何となく照れくさいのでちゃんと思い出そうとしなかったのだ。だって、何か恥ずかしいじゃない。もはや四半世紀前のことなのに。<br />
ただ、あまりにも聞かれたり、今年は学生相手に少人数クラスを持っていろいろ相談も受けたので真剣に真剣に考えたら、最終面接のことを思い起こした。<br />
就活時に僕の話の構成は二本柱があった。一つは高校から続けていたオーケストラの話で、これは「チームプレイ」への話へつなげる。もう一つは大学の研究室の話で、選挙分析で統計などもいじっていたのでこれを「マーケティング」につなげる。あとは、自分の「人となり」として、まあ読書好きだったりしたことを話してきた。<br />
ところが最終面接で、このパターンで行き詰ってしまった。<br />
明らかに面接の雰囲気が滞って、前にいる面接官（おそらく役員クラス）がつまらなそうにし始めたのである。<br />
（しまった......）<br />
と思った時に、一人が尋ねてきた。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.naotoyamamoto.jp/blog/archives/2012/02/post-99.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">博報堂　最終面接</category>
            
            <pubDate>Thu, 09 Feb 2012 00:14:34 +0900</pubDate>
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