広告は情報だ...そうした観点で配信の最適化を考えれば、単純な態度変容モデルそのものに懐疑的になるだろう。ただ、配信最適化論者が態度変容の概念を無視しているわけではない...「態度」の定義が違っているのではないか。
「革新的流派」が、ここに新しい定義を見出せるだろうか。
ただ、そもそも広告で態度変容が起きるのか?ということをゼロベースで疑ってみることが、実は重要でスリリングな議論かもしれない。実は「広告を見て態度変容が起こる」というのは「かつて」成立した概念かもしれないのである。
それは世の中全般において「購買欲求が高い」ような時代だったから、という考えである。
また経済的に上り調子で「買い物で失敗してもやり直しが効く」ことが暗黙の了解だった時代の理屈、というようにも言える。
つまりモノが行き渡り、かつ経済的にも「買い物の失敗」が許されなくなったいま、「広告による態度変容」という発想自体が、あまりにも無邪気ではないか、という議論である。
これは実際にトラディショナルな広告を作っている人々にとっても「肌で感じている」ことなのではないか。いくら話題になったとはいえ、それが購買に直結するというのはあまりにも「無邪気」に思える。
態度変容というのは「買いたくなる」ではなく、「調べたくなる」くらいかもしれない。それでいい、と仮定するなら、クリエイティブの内容も大きく変わってくるのではないか。
このように「態度変容」自体の定義を、きちんと煮詰めることもまた重要におもえてくるのである。