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プロ野球の興亡と広告。
(2008年10月16日)
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BaseballColoringPage2.JPGプロ野球に関心を失って久しい。というか、特に興味のあるスポーツもないのだが、だからと言って何の不自由もなく、見たいものは他にもある。
ただ、仕事柄「ああ、こうやってダメになっていくのか」と思うことはある。組織としてもビジネスとしても、日本のプロスポーツは「やってはいけないこと」に満ち溢れていて、そういうサンプルとしては貴重かもしれない。
プロ野球でいうと、「クライマックス・シリーズ(CS)」というのが、それに当たると思う。たしかに、その数試合の興行は効果があるかもしれないが、失うものの方が大きいのではないだろうか。
メジャーリーグほどの球団数があれば、ポストシーズンの試合もそれなりに多いので、いわゆる「ペナントレース1位」以外のチームがワールド・チャンピオンになってもある程度説得力はある気もする。だが、日本ではとりあえず上位半分でゴールすると、最終チャンピオンになる可能性もあるわけで、それはそもそもどうなのか?と。
ただ、もう少しビジネス的な観点で突っ込んで考えると、やはり問題が多い制度に思える。

1つ目は、構成員のモチベーションの観点から指摘できる。つまり選手は何を目標にしていいかわからない。もしペナントレースで1位にならなくても日本一になれるとすると、どこかで目標設定を変える必要がある。そうなると日々の戦術も変わる。会社の期の途中でクルクル方針を変えて「努力家vs.一発屋」の構図を炙り出すだけである。
2つ目は、リーダーの責任が曖昧になること。タイガース岡田監督は「優勝」できなかった時点で責任を感じて辞任したのだろうが、これで日本一になったらどうなのか。それでも辞任はするのかもしれないが、リーダーが何に対して責任を負う存在かわからない。組織論的に考えれば、こんな風土でリーダーシップは育つのだろうか。
3つ目はマーケティング的視点だけど「顧客の記憶」の問題である。「記録より記憶」とか訳知りなことを言うスポーツジャーナリズムは多いようだが、現在の制度は確実に人の「記憶」を混乱し、消去する。だて、1年に「優勝」チームと「日本一」チームが出てきたら、そんなこといちいち記憶できない。
記憶を反芻できないスポーツは長期的には廃れていくだけだろう。
他のスポーツを見ても、混沌の大相撲や内紛のバスケットはもはや「問題外の外」として、他にうまくいっているところはあるのだろうか。
ただ、これは広告的に考えても示唆的である。この20年ほどプロスポーツは広告ビジネスと結びつきを強めてきたが、その結果がこのような状態である。負の因果関係を一度検討してみてはどうなのだろうか。




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