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広告=ラブレター論の陥穽。

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「広告はラブレター」という言説が若い人の間で話題になっていたようである。佐藤尚之氏の「明日の広告」で展開された議論が新鮮だったらしい。
一方で、私などの世代のように80年代からせいぜい90年代前半に広告業界に入った者にとっては目新しい話でもない。むしろ、懐かしさを感じる。当時は「広告は私小説」とか「メッセージはラブレター」みたいなことを言う人は多くいて、ただ今にして思えば戦前生まれの人々であった。
比喩は本質を突くとは限らない。だが、この「広告=ラブレター」という議論をどのように捉えるかによって、その人が「何を生業にしているか」が分かる気がする。
この議論に共感し「ラブレターが届きにくかったり、興味を失ったいるのだ」という著者の議論に共鳴できる人は「広告業界」の人であると思う。
「ちょっと待てよ」と思うのは、マーケティングの世界で生きている人である。
今、私は広告業界の人と直接仕事をするのではなく、マーケティングの世界から広告を「one of them」として見ているのだけれど、そうなると「広告=ラブレター」というのは、特殊なルールを前提にしているのである。
それは「いいラブレターを届けて読まれればもてる」という前提だ。
しかし、今の消費市場はそんなものではない。

殆どの市場で調査すればわかるが、購入決定要因における「価格」の比重は高まっている。それはたとえればこういうことだ。
「A君はカッコいいし、ラブレターも素敵だけど、お金持ちでプレゼントくれるB君がいい」
それはあまりにも切なく、夢がないように思えるが、それが今の消費行動のルールである。つまり「明日の広告」は「ラブレターの腕を上げることがモテる」というルールを前提にして論じられている。だが、その前提が崩れているのだから、いくら広告業界で頑張っても限界がある。
さらにルールはどんどん変わっている。食品にメラミンとかトルエンとか入ってたりすると、とにかく消費者は安全なものを求める。差異化など言ってる場合ではない。こうなると話はもっとややこしい。
「A君はカッコよくて、B君はお金があるけど、やっぱりいつも丁寧に手を洗っているC君がいいな」
いや、それはあまりに唐突かもしれないが、そのくらい消費者の行動規範が変わっているのだ。そもそも、ここでは「モテる」という価値観がすっ飛んでいる。だが、そのくらい今の消費者はある意味切羽詰っているのだ。
残念ながら、それに最も気づいていないのが広告業界の一部の人たちである。
そういう意味で「明日の広告」というのは面白い本ではある。あの内容にどれだけ共感するか、または醒めているのか?という自分の立ち位置が分かってくる。ただし、マーケティング全般や経営的視点から見れば見るほど、あそこで論じられていることは「広告業界のお話」である。そうして「広告業界」の限界性を示すこととなった。
では、あなたは本当にその「業界」でキャリアを重ねて行くのですか?そんな問いかけをされているようにも思える。視野の広い若手なら、あの本を読んで、「現状の」広告業界に見切りをつけるかもしれない。だとすれば、「明日の広告」は優れた啓蒙書とも言えるだろう。


コメント(8)
[ ビジネスタイムズ ] | 2008年10月31日 20:15

広告がラブレターに過ぎないからこそ、企業は自分磨きに力を入れるんでしょうね。
自分を磨いてカッコよくなれば、ラブレターなくてもモテますしね。


[ なおと ] | 2008年11月 1日 00:03

なるほど。その喩えはよくわかります。「ラブレターのコンサルティング」では成長性はないはずですから。


[ キリゴンズ ] | 2008年11月 4日 10:43

「広告は、ラブレターからデートへ進化する」
と、元博報堂/須田伸さんがNBonline上のWeb2.0(笑)広告学というコラムで書いていました。

僕は、この主張に賛成しています。
なぜなら、デートにはお金の有無も、清潔感も大切だから(笑)

山本さんは、広告=デートも「現状」の「業界」意見だと思われますか?


[ Author Profile Page 山本直人からキリゴンズへの返信 ] | 2008年11月 5日 09:04

デート=最終購買、ということで考えれば、それはたしかに理想です。でも、それができれば、もはやそれは広告活動というより、マーケティング活動だと思います。
それで、今の広告ビジネスがそれを実現しているか?というと、まだまだ難しいと思っています。そのうち別のエントリーで、そのあたりのことも考えてみます。


[ キリゴンズ ] | 2008年11月 5日 18:57

ご回答ありがとうございます。
>もはやそれは広告活動というより、マーケティング活動だと思います。
確かに「広告活動=Promotion」は、マーケティング活動の一つになりますね。
マーケティング活動と、広告活動の線引きをどこで引くのか?
そもそも、線引きが必要なのか?
今後のエントリーを楽しみにしています。


[ Author Profile Page 山本直人からキリゴンズへの返信 ] | 2008年11月10日 12:12

線はいらないと思っています。ただし、「できることとできないこと」を明確にしてサービスしないとクライアントのためにならない、ということだと思います。このことは別のケースで論じようと思ったのですが、ちょっと気になることがあったのでエントリーを変更しました。


[ Kohhei1970 ] | 2008年11月19日 10:24

僕は広告に携わる人間ですが、この先も広告業界でキャリアを重ねてゆくつもりです。とはいえ、広告はマーケティングにおける手段のひとつであり、その領域が何も広告表現やプロモーションの構築だけではないことを実感しています...。

僕は思うのです。もてたいためのラブレターは決して流行らないと...。もてたい=強い自己顕示。これでは相手は引いていってしまいます...。

今、僕が取り組んでいる課題はクライアントの商品やサービスとお客様の「絆」つくり。これは一方的に好きだ!といっても受け入れていただければ何もならない。惚れさせるだけ惚れさせても、デートし、会食し、セックスするという「関係性」の発展にはならない。(つまいフリークエンシーは生まれない。)ということです。

これが既に「広告」だけに依存してその関係性が構築できるか?といえば、広告業界の中に僕自身でさえ、それには限界を感じています。

だからこそ、我々は広告会社ではあるけれど、ミッションを「課題を解決するためのソリューションの提供」と位置づけ、様々な領域に取り組んでいます。


[ Author Profile Page 山本直人からKohhei1970への返信 ] | 2008年11月19日 12:42

今の広告会社は、広告からスタートして、たしかにさまざまなマーケティングサービスをやっています。でも、それは「呉服屋」が「百貨店」になったようなものでしょう。つまり、「これだけじゃなくて、あれもこれも」と単純に拡大してきただけ。
構造的な変化を仕掛けたわけではないわけです。
個人のキャリアとしては「広告人」としての自分自身のドメインを考えるべきで、「広告会社」がどうなるかあまり関係ないと思っています。




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