ドコモが携帯機種のシリーズ名を一新するらしい。この記事が大変詳しく背景を分析しているが、ライターの石川温氏が書かれている疑問と同じことを僕も感じた。
この記事を引用すると、新たなシリーズは『これまでの「90X/70X」シリーズという区分けを廃止し、「STYLE(スタイル)」「PRIME(プライム)」「SMART(スマート)」「PRO(プロ)」という4つのシリーズに一新した。』ということらしい。
この変更に対して石川氏はこう述べている。
『特に疑問なのは、ドコモが「90X」といういまや「ブランド」と化した型番を捨ててしまったことだ。若年層の間では90Xを持っていることはひとつのステイタスにもなっていた。まさに90Xシリーズはドコモのトップブランドでもあったのだ。
BMWが1シリーズから7シリーズと数字で格付けが決まるように、ドコモの型番も、ちゃんとユーザーに認知されていた。これはauやソフトバンクがまねをしたくてもできなかったことだ。』
この指摘は的確だと思う。そしてブランド研究の立場から補足しておきたい。
ネーミングを研究すると「数字や記号のブランド化」というケースがよく見られる。先の指摘にあったBMWもそうだが、プジョーや以前のシトロエンもそうだ。
カメラもそういうところがある。フイルム時代のニコンは「F」に始まり「F2」「F3」となり、デジタル時代を迎えてFはDとなった。
このように「テクノロジー」を重んじるような市場では、こうした数字がいかにもな「理科系っぽさ」を醸し出す。それが品質への信頼になると考えられる。
だが、リーバイスのような場合も数字のブランド化に成功したケースだろう。そう考えると「理科系っぽさ」というだけでなく、「分かる人には分かる」クローズな世界観の演出に一役買っていることがわかる。
いかにも「技術者」的な数字を止めて、こうした「生活を提案する言葉」にするのがマーケティングだと考えているなら、それは誤りである。顧客が製品の数字に何らかの連想資産をもっているなら、それを守るのがマーケティングではないだろうか。
それにしても、何だかこの4つの言葉はどことなく哀愁が漂う。80年代広告業界の残滓が感じられるからだろうか。