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正しいけど哀しい小山薫堂の指摘。
(2009年1月12日)
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今日の日経新聞朝刊の「「インタビュー領空侵犯」というコーナーで脚本家の小山薫堂氏が「安さだけで買うな」という言っている。
「お金は欲しいものを手に入れるだけでなく、応援したい企業や焦点、作り手に拍手を送るために使うものです」というわけで、幾つか具体的に例を話している。
マヨネーズがスーパーで180円で売られていても、商店街のおばあちゃんの店で200円で買う。
池波正太郎はタクシーに乗るとチップを渡していた。運転手の愛想が良くなり次の客などに好影響を及ぼして、「幸せの連鎖」が広まる。
小山氏はかつてソニーのAIBOを3台買った。ソニーの挑戦する姿勢に拍手するつもりだったと言う。
消費が萎縮して過度の価格志向に走り、貯蓄だけが高止まりするのは結局社会にとって良くないことの方が多いと思うので、考え方は間違っていない、というか正しいと思う。
参考までに、現経済財政担当相の与謝野馨氏が一昨年に官房長官退任直後の頃のインタビューではこんなことを言っている。
「物価が上がらず、100円ショップで何でも買えるのはいい話なんですよ。さっき私も買ってきたんですが、このハンドタオル、2枚で99円ですよ。いいでしょう。」
この発想で経済が萎縮するよりは、小山氏の方が「正しい」と僕は思うのだけど、ただ「哀しい」違和感の方が先に立つ。
その哀しさはどこにあるのだろうか。

まず、小山氏には想像できないだろうが「価格志向」で買い物しなければ、生計が成り立たない人は日本社会にたくさんいるのだ。別に失職したような人を指しているわけではない。普通の会社員の家庭でも「家計簿」をつけた経験があれば、それはわかるはずだ。
残業の減少で給与が減ったり、将来不安がある時に「応援しよう」などという「一人メセナ」みたいなことはできない。
僕も結婚した頃は、一緒に家計を見ていろいろ思案していた。夏や冬のクリーニングの季節になるとどうしても月々の家計が赤字になる。独身の頃からシャツは家で洗ってアイロンしていたけど、衣替えの季節などはどうしようもなかった。
僕自身は、価格だけでモノを買う方ではないけれど、自分の経験に照らしても「安さだけで買うな」とは、誰にもメッセージできない。ああ、「安いものを買わざるを得ない」人のことはわからないで、この人は話しているのかな、というところに「正しいのに哀しい」感じが滲んでいて読んでいてつらい。
「そんなこと言われてもホントにお金がないし先行き不安なんだよ。いくら応援したい企業があってもさ...」
本当にそういう感覚になってしまう人が日本では増えている。これはリサーチなどをしていればすぐに分かることで、その歴然とした現実の遠くからの発言が哀しさを増す。
そもそも、休日とは言え「右も左も記事だらけ」というほどに広告のない28ページの薄い日経新聞にこうした記事が掲載されているのも、切ないものである。
もう1つ違和感がある点を指摘しておきたいのだけど、なんだか長くなるのでこれは明日にでも。




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