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広告の作品性のお話①
(2009年1月20日)
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河野武さんのブログsmashmediaに「広告=作品論の是非」というシンプルかつ奥深い問題提起があって、僕も書いてみようと思ったんだけど、今日は大学の今年度最終講義の日で帰宅したら予定外に軽く飲んだ上に、これからまた自宅の近くで飲む気になってしまったので、今夜は軽めに書いておこうかと。
広告に作品性とか芸術性があるべきかどうか、というのはとても重要に見えて、実は業界の外の人にとってはどうでもいい話である。
だって、事業主にとっては利益が最終目的だからだ。
何で、広告業界の人が作品論が好きか?とかいろんな背景があるけど、結論から言うと「作品性があって、モノが売れる広告」もあれば「作品性もひどく、モノが売れない広告」もあるわけで、広告がこのどちらかなら議論にはならない。
問題は「作品性はひどいが、モノは売れる広告」が存在してかつ目立つ時代に、「作品性はある(つもりだ)けど、モノが売れない広告」を作り、かつそれで指弾されることが増えた「マス右派」の黄昏クリエーターが、ネット広告への嫉妬や無理解で議論を歪めていることがひとつ。
また一方で広告におけるターゲティング機能の役割を過剰評価している「ネット左派」の人の議論もまた極端になった結果、「広告=作品論と、その否定論は極右と極左な感じがしていて、大事なのはきっとその間にある」という河野さんの指摘はその通りだと思う。
では、「その間」について書いておきたいのだけど、何か今日はやる気がないので、大学からの帰りのクルマで考えたことだけを書いておきたい。

「作品性の高い広告」が機能するのは、以下の3点が満たされた時ではないか。というのがとりあえずの僕の結論である。
1.多くの消費者が「実現したい消費行動」をアタマの中に抱いている。
2.しかしその行動にいたる「合理的な理由」を自分では持っていない。
3.そうした行動をする「理由」を人から教わりたいと思っている。
わかりにくくて、すみません。明日にでも続きを書きます。
大雑把には言えば、なぜ80年代に西武百貨店が繁盛したのか、というような話です。
でも、多分...だけれども、この条件で「クリエイティビティ」の価値説明できる気がする。
あと、言うまでもなくこの条件をクリアするようなケースがどんどん減っているんだけど。(つづく)
※「マス右派」とか「ネット左派」の類型については、僕の昔のこちらのエントリーを参照願えればと思います。




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