僕が入社した最初の3年くらいの間にお世話になった先輩が、8月末で定年退職になるという。そこで、かつての仲間が集まって送別会となった。
彼は、僕よりも12年前の入社で初めて会ったころはバリバリの30代だった。定年退職と聞くと少々、というかかなり感慨深いものがある。もっとも「定年」という概念から遠い世界にいるので、こういった送別会に顔を出すと、自分が会社というものから離れていることを思い、感慨も二重三重という感じだ
退職されるのは塚本廣昭さん。もともとはCMプランナーだったのだが、その後は音楽関連の仕事が中心だったらしい。「らしい」というのは、最近の消息をうかがう機会が少なかったからである。
集まった殆どは40代以上なので、最近のことよりも、昔のこととなると良く覚えている。僕が塚本さんに教わったのは「身銭切って遊べ」という一点なのだけど、これもまた実に良く覚えている。入社2年目の頃、青山学院の裏手にあるしゃれた中華料理のカウンターで、話してくれた。
何でそういうことを言うのか、当時はよくわからなかったが、大人になれば何となくわかる。
印象に残ったことは、人に言いたくなるので、僕が新人研修を担当した時、必ずこの話をした。
それも4月の初任給の日の夕方に話した。
この辺のことは自著『話せぬ若手と聞けない上司』にも書いたのだけれど、面白いことにいまだにこの話を良く覚えている後輩が多い。
02年から04年までに入社した連中はこの話を聞いているはずだが、未だに彼らの方から口にする。
たまに食事をしている時に「どうだ?」と近況を尋ねると、「大丈夫です。身銭切って遊んでますから」などと言う。
ビジネス環境が厳しい中で、「元気です」を表現する一つの言葉なんだろうけれど、僕は単純に嬉しい。
自分の言ったことを覚えてくれる嬉しさもあるけれど、塚本さんの言葉がこうやって残っていくんだ、ということがそれ以上に嬉しい。
そして、「身銭切って遊んでます」と再会するたびに言ってくれる友達がいるのがありがたい。
会社の風土というのは、ルールでできるものではない。生きた言葉が紡いでいくものなのだろう。
塚本さん、おつかれさまでした。これからも、よろしくお願いします。
僕も直人さんに身銭切って遊ぶことを教えられた一人ですが、なるほどルーツはそんなところだったんですね。
初任給の日のことは明確に覚えています。
そしてまた自分も後輩を持ち人材を預かる立場になって、
4月に同じコトを言ってるんですよね。実は使わせていただいております。
伝統の美しさってこうして紡がれていく気がします。
この際、ルーツを知ってもらおうと思いました。せっかくなので。
そうなの、塚本君が定年か・・・。なら、井上君もそうなるのだね。石沢くんは、既に早期でBKKにいる。後は、小澤君一人となったか、かれらの同期生は・・・・。
そういう時期になったんだ・・。僕が年とるのも当たり前だね。
「言い伝え」られるようなことを残しただろうかと、僕は反省。