いつ頃からはハッキリわからないのだけれど、就職にまつわるビジネスの世界では、妙な「カリスマ」が出てくる。
そして、彼らやその信者は「熱い」メッセージが好きだ。
しかし、就職活動という「仕事選びのプロセス」が過剰な熱気を帯びることは、また危険だと思う。
生涯を左右する選択は、基本的に冷静もおこなわれるべきだからだ。
一部の就活ビジネスに関わる人のメッセージは、時に「カルト化」しているように見えるのも、また不思議であり、不安である。
カルトというのは、特定の人の主張やメッセージに対して、多数が「無批判に信じ込む」ような状況だ。無批判に信じる事によって、「自分でものを考える」プロセスが省略されることが、心地よいのである。
もっとも、社会問題化するカルトとは異なり、「就活のために高額なツボを買った」という被害があるわけではない(多分)。一時的に、カルトなオーラを出す「就活カリスマ」のおかげで、無事就職できた人もたくさんいる。
じゃあ、別にカルト化についてそんなに気にしなくてもいいのではないか...。そんな声も聞こえそうだ。
ところが、いったんカルトにはまった学生は、無事就職しても社会になってから後遺症が出ることがあるのだ。「就活」が人生で最大の成功体験になってしまった上に、社会に出てからもその時の熱気をどこかで追っている。
「もっと熱い世界があるはずだ」そう思った頃に、就転職支援ビジネスの広告が眼に入る。
"君の可能性はこんなものではない"
そして、再び自分探しの旅が始まるのだ。
カルトにはまるのは個々人の責任なのかもしれない。そうだとすれば、そうしたメッセージに対するリテラシーを教えなくてはいけない。「知らない人についていってはいけません」のように「就活以前」の基本知識を大学は教える必要があると思う。
ここまで就活が変になっているのに、批判の声があまり聞こえないのには別の理由もある。就転職支援ビジネスは、新聞や出版社などのマスメディアが経営しているものも多いからだ。本当にマスコミに副業をさせるとロクなことがない。
先日書いたように、就活が「恋愛」に類似するなら、今の就活ビジネスのやっていることは「合同結婚式」のようなものだ。どうして不気味だと思わないのだろうか。