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広告会社の給与を再考する。
(2009年11月30日)
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salary-negotiation.jpg
ちょっと前のことだが「業界人間ベム」氏のエントリー「広告業の将来」というのがあって、ああ、結局このクリティカルな問題に突入してきたな、という印象をもった。
クリティカルというのは広告ビジネスの報酬のことである。
「またある意味、広告業はいったん平均賃金を下げてでもしっかり働いてくれる社員をどれだけもっているかの勝負になる。」
エントリー内のこの一文が象徴するように、広告会社、特にマスに依存したレガシー系の場合、現在の経営状況で手をつけられるのは、人件費にならざるを得ないのだ。
だが、それだけでいいのだろうか?僕は人事系の仕事もしているので、ちょっと別の視点で見てみたい。
売り上げが低下した場合、広告会社の経営者が人件費に目をつける。
これは、目の付け所として50%は正しい。しかし、ここだけで収益を改善しようとすれば大きな代償をこうむることになるだろう。
たしかに、収益における人件費比率はまだ高い一方で、年収水準が他業種に比べて低くないのであれば、人件費を削ろうとするのは経営の着眼点としては当然である。
ただし「総人件費が高い」というのは問題の本質ではない。「それなりの給与をもらっていながらフリーライダー(ただ乗り)と化している社員が多い」ということが問題の本質なのである。

フリーライダーは環境変化の激しい時期に溢れてくる。現在のようにマス広告が急減している時、扱いに応じて担当者を配置換えできなければ、フリーライダーは一時的に急増する。
問題はフリーライダーを、将来的にもう一度社内で減らせるかということである。
このノウハウは広告会社の中には殆どない。メーカーであればイノベーションの歴史の中で、さまざまな配置転換を行ってきた。苛烈なリストラもやった。また最近では小売やサービスでも大変な異動をおこなっている。
つまり、「時代についていけなくなった人」をどのように「経営の責任」として再生させるか、という道筋を提示しなくてはいけない。時代についていけなくなった責任は個人にある、という考え方はたしかにある。だとすれば給与の低下を甘んじて受ける必要があるのだろうが、時代の変化を読んで社員を導くのは経営の責任だ。
役員賞与を返上する、とかそういうレベルの話ではなく、「どうするのか」を提示することが必要なのだ。
そういうビジョンなし報酬の抑制に走ったら、現場で頑張っている社員が浮かばれずに、職場の空気は最悪になるだろう。
そして景気回復と人材市場が流動化する時期に人材流出という代償を払うことになる。
さて、僕は人件費抑制を「目の付け所として50%は正しい」と書いた。では、残りに50%は何になるのか。それは、この続きで、また明日(多分)




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