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とあるコンサルタントの言葉。
(2009年12月16日)
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近頃「マス広告の崩落」のような話を聞くたびに思い起こすことがある。
もう十年前の話だ。ブランドコンサルティングという新組織を立ち上げるために、いろいろとリサーチをしていた。その一環として、つてをたどって当時戦略コンサルティングのパートナークラスの方々を訪れ、運営の要諦をたずねて回ったこともある。
その中で、大変印象的な方がいた。たしか銀座の裏手で飲んだのだけれど、結局は昔の音楽の話になって、松田聖子の歌のコード進行や歌詞のことで盛り上がった。
もちろんコンサル商売についても多々貴重な話を伺うことができた。
その後、2001年に僕は人事・人材開発セクションに異動した。いわゆる「本社」の人になったので自社の経営について考えなくてはならない。
これは初めての経験だった。
当時はブロードバンドがようやく始まり、i-modeにしても「海のものとも山のものとも」という雰囲気だった。ITバブルが崩壊して、まだまだマスメディアは安泰に思えた。
僕は、人口減少が必然だと思っていたので、将来的にマスの単価は下落すると思っていたし、早めに備えることが自分の仕事だと思っていた。
しかし、経営サイドの多くは楽観的に見えた。「マスがなくなるわけではない」という言葉を耳にすることが多かった。「なくなるわけではない」のはそうかもしれないが、「どの程度まで減少する可能性があるのか」「どのように備えるべきか」という議論をする必要があると思っていたので、食い足りない気がしていた。
そして、以前話を伺ったコンサルタントの方を再訪した。

多忙になっていたので、異動の挨拶を兼ねて日中に30分程度の懇談となった。僕が気にしていた「マスメディア中心の広告ビジネス」への危惧を話すと、彼はすぐに状況を理解して、このように言った。
「山本さん。多くの人間は"いつか来ることは分かっていても、いつ来るかが分からない危機"を前にすると思考が停止するんです」
「はい...」
「大地震がそうでしょ。いつか首都圏に来るって分かっていても、みんな住み続けてるでしょ。これといった対策をするわけでもなく」
ああ、そうか。僕はいつか来る大地震を「来ないでくれ」と願いながら、毎日働いていたのか。
じゃあ、どうすればいいのか。今の家を耐震化するのか、それとも思い切って地震が来ないところへ引っ越すか。ただし、大きな地震だとハンパな引越しは裏目に出る。
ただし、その日から1つの基準ができた。
「社内でも、果たしてこの先輩は"楽観的"なのか"思考停止"なのか、を見極めなくてはいけない」
いささか大げさだが「人生の転機」というのは、こういうことをいうのだろう。もっとも、多忙だったそのコンサルタントは僕との会話を覚えていないだろうし。その後お会いしていないので、当時の感想をお伝えする機会もないのだが。
ちなみに、そのコンサルタントは冨山和彦氏。のちに産業再生機構のCOOに転じ、現在も多方面で活躍されているのは周知の通りである。




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