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日本人は農耕民族だから。
(2010年3月 1日)
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Agriculture01.jpg
日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族。どうして、こんな話がいまだにアチコチで飛び交うのだろう。
ヒトはもともと採集・狩猟で生きていたが、何らかの条件が整い農耕を始めて、定住した。そこに古代文明が始まったわけで、西洋でも東洋でも「農耕」が現在の文明の前提になる。(僕の参照本は「銃・病原菌・鉄」)
ただ、日本人が米作文化で、欧米が肉食というのは確かにそうだろう。教科書にも出てくる「三圃制」は牧畜と農業の一体化を志向している。
それに比べると日本の肉食の歴史は浅い。だからといって、何も日本が突出して「農耕民族」というのは変だ。(僕の参照本は「肉食の思想」)
そんなの欧米の農業生産の規模を見ればよくわかる。
じゃあ、どうして「日本人=農耕」「欧米人=狩猟」な話になったのか。仮説を考えてみた。
その1。江戸時代まで産業革命がなく、かつ肉食文化がなかったため、欧米と比較して「農耕中心の国」という自己イメージが定着した。たしかに士農工商で、「石高」のように米が経済の中心になっていた面はある。
その2。敗戦直後には日本の就業人口の50%以上は第一次産業だった。しかし、その後地方から都市への人口移動が起きたが、これも米軍占領後の急速な変化だったので、反面的に農村が日本人の原風景として共有された。政治も農業に手厚かった。
その3。経済のグローバル化が進む中、日本と西洋の経営を比較するうちに、「でも日本人は農耕民族だから」というエクスキューズが変化を好まない人にとっては便利に機能した。防衛機制の一種かもしれない。
こう考えてみると「日本人は農耕民族だから」というのは根拠がない一方、"ある種の人"には便利なフレーズだったということが分かる。

成果主義も、規制緩和も、アグレッシブなネットの世界も「農耕民族である日本人」には向いていないと主張する人がいたのだ。
「グローバルとか何とか言っても、日本人は農耕民族なんだから」
この一言で新しい波を拒んでいた人は、もちろん広告業界にも山ほどいた。その意味不明なフレーズが、新たな芽をつぶす"体のいい口実"になっていたのだろう。そんな気がする。そういう人は「時期尚早」というフレーズも好きだ。いつの時期が適切かは決して言わないのに。
今でもこうしたテキトーなフレーズで逃げ切りを図る年寄りには、横目で睨んで近寄らないことをお勧めしたい。
そもそも食糧自給率がここまで低下していながら、自分たちを「農耕民族」と称することがかなりケッタイなのだから。


コメント(2)
[ virbius ] | 2010年3月 1日 19:25

私は変化を嫌い古い体質にしがみつく人は、儒教の教えからくるパターナリズムと村社会を「農耕民族」と混同している気がします。
農耕民族でも環境の変化で作物が取れなくなれば、別の作物を作り始めると思うんですけどねぇ、お年寄り達はどう考えるのでしょうか。


[ Author Profile Page 山本直人からvirbiusへの返信 ] | 2010年3月 2日 08:27

コメントありがとうございます。
その混同、たしかに感じますね。農耕文化が狩猟文化よりも柔軟だったからこそ、いまの文明の基礎ができたという考えの方がスッキリします。




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