では、広告で態度変容が起きるようなメッセージってどうやって作るものなのだろうか?何百というコピー案やデザイン案を並べて「人の心が動く」ようなクリエイティヴを考えることが、これからも求められるのだろうか?
ウェブ広告などに携わり、ターゲティングの精緻化こそが重要と主張する人の中には、そうしたクリエイティヴは不要どころは、邪魔だという人もいる。「余計なクリエイティヴはうざい」ということなのだろう。
余計なメッセージよりシンプルに「お勧めのもの」があれば十分という考えである。
分かりやすい例でamazonの「この本を買った人は、この本を買っています」というメッセーについて考えてみよう。このメッセージは、態度変容を起こすのに十分なメッセージなのだろうか。それとも、よりクリエイティヴィティが必要なのだろうか。
広告は情報だ...そうした観点で配信の最適化を考えれば、単純な態度変容モデルそのものに懐疑的になるだろう。ただ、配信最適化論者が態度変容の概念を無視しているわけではない...「態度」の定義が違っているのではないか。
「革新的流派」が、ここに新しい定義を見出せるだろうか。
ただ、そもそも広告で態度変容が起きるのか?ということをゼロベースで疑ってみることが、実は重要でスリリングな議論かもしれない。実は「広告を見て態度変容が起こる」というのは「かつて」成立した概念かもしれないのである。
やぶからぼうに「トラディショナル vs. ラディカル」の議論を始めても仕方ないので、とあるセミナーの内容を立論として、進めて行きたいと思う。立論されたのは、湯川雅彦氏。私がうかがったのは、東京汐留で3/27におこなわれたセミナーである。
題して「テクノロジーになる広告とマーケティングの未来」。米国に行かれて「広告の未来の姿」を確信したということからの立論である。
当日の詳細な議論はこちらやこちらを参照されたいが、主旨は以下のようになる。
・広告のターゲティング技術はさらに進化を遂げ、「必要な人に必要な情報を届ける」ことが広告の本質的役割になる。
・その結果「三河屋さん(御用聞きに来る馴染みの酒屋)」のモデルが復活して、消費者の嗜好に合致するモノと情報が届けられるようになる
・販売現場においてもデジタル・サイネージのような技術が浸透することで、客層にあわせた情報が届けられる
広告をめぐる議論をブログで展開してみようかと思ったのには理由がある。まあ、簡単にいうと、本にする時間がかなりない、ということも1つ。それと、状況が変化するのが早いし、そもそも広告はなま物なので、ブログのほうがいいかな、といったところである。
広告関連のブログというのは多くて、「広告系ブロガー」だけで新年会までするという。きっと元々「書き好き」が多いのだろう。だからブログ好き、というより議論好きな人が多いのだろうと思っている。
議論が起きる環境というのはもう1つあって、広告業界が「伝統的流派(トラディショナル)」と「革新的流派(ラディカル)」に二分されている「ように見える」ために、なかなか議論自体が盛り上がりやすいように見えるからだと思う。
オールドとニューというと、単なる時代の新旧のようなので、トラディショナルとラディカルというように書いた。これは90年代以降の大きな変化の中で、マーケティングやメディア、広告の世界だけでなく、さまざまな業界で起きていることである。
ただ、広告は広告主、メディア、そして代理店などの業界関係者の思惑が入り乱れているので、その変化も一筋縄ではいかない。