簡単に昨日の続きを。
過剰な低価格志向は社会全体の幸せを減じていくだろう、という小山薫堂氏の発想は「正しい」と思いつつ、書かれている文脈にどうしても「共感」はできないと書いた。
1つは「価格志向にならざるを得ない人」の存在の増加が無視されていることであるが、もう1つの理由について書いておきたい。
これは、消費者心理を学ぶ上で重要なことでもあるのだ。
僕が気になるのは「お金は欲しいものを手に入れるだけでなく、応援したい企業や焦点、作り手に拍手を送るために使うものです」という発想である。ここには購買行為に「倫理や正義」のような側面があるという発想になっている。僕はここにいささかの胡散臭さを感じるのだ。
モノを買うというのは「欲求の交換」だと思っている。もう少し上品に言って「満足の交換」。人はお金を出して欲求を満たし、お金をもらって欲求を満たす。それは、生理的欲求や所有欲を満たすというだけではない。別の欲求もあるのだ。
今日の日経新聞朝刊の「「インタビュー領空侵犯」というコーナーで脚本家の小山薫堂氏が「安さだけで買うな」という言っている。
「お金は欲しいものを手に入れるだけでなく、応援したい企業や焦点、作り手に拍手を送るために使うものです」というわけで、幾つか具体的に例を話している。
マヨネーズがスーパーで180円で売られていても、商店街のおばあちゃんの店で200円で買う。
池波正太郎はタクシーに乗るとチップを渡していた。運転手の愛想が良くなり次の客などに好影響を及ぼして、「幸せの連鎖」が広まる。
小山氏はかつてソニーのAIBOを3台買った。ソニーの挑戦する姿勢に拍手するつもりだったと言う。
消費が萎縮して過度の価格志向に走り、貯蓄だけが高止まりするのは結局社会にとって良くないことの方が多いと思うので、考え方は間違っていない、というか正しいと思う。
参考までに、現経済財政担当相の与謝野馨氏が一昨年に官房長官退任直後の頃のインタビューではこんなことを言っている。
「物価が上がらず、100円ショップで何でも買えるのはいい話なんですよ。さっき私も買ってきたんですが、このハンドタオル、2枚で99円ですよ。いいでしょう。」
この発想で経済が萎縮するよりは、小山氏の方が「正しい」と僕は思うのだけど、ただ「哀しい」違和感の方が先に立つ。
その哀しさはどこにあるのだろうか。
年末年始のデータというのは、いろんな意味で世相を表す。
今年はどの神社も妙に人が多く、名古屋でも東京でもそういう話を聞いたし、実際に見た。近所のフツーの神社に行列ができていた、と妹も言ってたし、知り合いもSNSに書いていた。
定性データというのは馬鹿にならないもんで、やはり人出は過去最高だったらしい。
一方で、テレビの視聴率も紅白が久々によかったらしい。
こう考えると、今年は「外に出ると金がかかる」ということで、家ににいる時間が増えて、テレビの視聴率は軒並みアップするだろう。セットインユースは上がる、というわけである。
ただ、そこでCMやっても売れないものは売れないので、「広告メディアとしてのテレビ」が簡単に復権するとは思えない。むしろ「レーティングが上がっても効果はないのか」という話になりかねないだろう。
でも、テレビにとって機会がないかというとそうでもない。僕が注目しているのはBSデジタルである。
小ネタなんだけど。
電通グループが新しいスローガンを発表したそうな。
Good Innovation. というそうで、2009年になって"Innovation"というワードを持ってくることが、何とも"Innovation(笑)"な感じもしなくはないんだけど、何となく可愛いのが「Innovationをつくり出す3要素」の中のEntrepreneurshipを「企業家精神」と訳していることである。
アントレプレナーを「企業家」にするか「起業家」にするかは、辞書的には両方表記があるし、「企業」自体に「くわだて」という字があるので、「起業」とする必要もないんだろうけど、こういうのって役員会とかで、きっと議論になったんだろうな。
「"起こす"方の起業じゃないのかね」とかうっかり言うと、役員会の保守的な空気は、微妙にドンヨリして、事務局が「エ~辞書の定義では」とか、のたまわるわけで。
でも、「起業家精神」にして発表すれば、「変わった感」が出だと思うが。「紺屋の黒袴」になるくらいなら、白いままでもいいのにね。
いろいろ今年の気になることは、まだあるのだけど、ここに来て「ワークシェア(リング)」の話が急浮上して来たので書いておきたい。
それは「ワークシェア」と「マーケティング」「広告」の関係である。あまり関係ないように思えるかもしれないが、実は大有りかもしれないのだ。
仮説から言うと、「ワークシェア、もしくはそれに近い働き方が定着すると、マス・マーケティングとりわけAttentionを起点にする広告はますます効果が低下する」ということである。
まず、ワークシェアが導入された場合の消費行動への影響を考えてみよう。
まず思いつくのは「賃金の低下が消費を収縮させる」ということである。これは、実際に起こり得るだろう。
しかし、中期的にみると、どうなるのだろうか?意外といい方向に向かうかもしれない。
年末年始のニュースがネタ枯れの時期に「派遣村」を立ち上げた主催者は、「耳目を集める」という一点においては優れたプランナーだったと思う。
官公庁が見下ろす日比谷公園というロケーションもそうだが、「派遣村」というネーミングも上手だ。これは、そのままニュースにしやすい。いわゆる"キャッチー"な言葉である。そういう意味では「DASH村」と同様の分かりやすさがあった。
ただし、問題はこの派遣村に来た人は百人単位であって、非正規雇用者の失業者はその100倍以上の規模になるということである。あそこに来ることもできない何万もの人々を取材するよりも日比谷公園にカメラを持っていった方が、テレビや新聞にとってはラクなのだろう。まあ、今さらだけど、それが今の日本の報道の水準ではある。
ただ、この「派遣村」報道は別の効果をもたらしている。
話題が「村」に集中しているので、昨年末にさんざんニュースで出てきた「派遣を切った企業名」が見えなくなっているのである。

年が明けると「今年を予測する」ような話題も多いが、あまり意味はない気もする。年が変わったからといって、それはカレンダー上の「節目」の話でしかないし。
じゃあ、年明けにいろいろ今後のことを占う意味がないかというと、そうでもない。多くの企業においては、3月決算と4月からの予算確定が迫っているので、マーケティング方針のあらかたが見えてくるだろう。
というわけで、今週は今年の国内消費市場についてタラタラと気になることを。
まずは、マスメディアと広告。
昨秋からの経済"パニック"は、既に12月半ばくらいから一段落しているように見える。メディアは雇用問題で騒がしいけれど、あれは経済というより政治課題だと思う。いまこれを書いている時点で、東証は一時的に9000円台に戻っているが、このあたりも昨月半ばから堅調に見えていた。
だからと言って3月決算に向けて、対前年比で広告や販促活動予算が上積みされることは考えにくい。原材料・原油・ドルのトリプル安が企業の収益にプラスの影響を与える可能性はあるが、その差益は企業の利益確保に回されるだろうし、販促に回す場合は値引きの原資となるだろう。
さらに今の中東の混乱によっては、トリプル安は再度修正されるかもしれないし。
そこで、戦々恐々となるのが4月からの予算設定である。
会社時代の先輩と来週ランチをすることになって、メールをやり取りしていた。するとこんなことが書いてある。
「ところでだいぶ前に山本が原作を書いた漫画本を読ませてもらいました。博報堂に実在する人間もいて楽しめました。多方面でいろいろトライしてますねー。すばらしい。がんばってください。」
???僕はそんな記憶がないので、慌てて電話をした。
「それ、何の話ですか?」
「いや、孫子の兵法を現代版にしていて、広告代理店が舞台なんだけど。原作オマエじゃないの?」
「そんなことしてませんけど。何て人ですか?」
「山本リンタロウ」
「絶対に僕じゃないです!」
「エ~!?周りではみんなそう言ってるよ」
調べてみると山本麟太郎氏は、元博報堂で映画の脚本などを書かれており、最近ではマンガの原作も書いたらしい。それが「逆境の孫子」というものであった。
ただ、現社員の誰かが、僕のペンネームだと勝手に思い込んでしまい、そうした噂が社内で流れているらしい。
このブログをご覧の方で、「山本麟太郎=山本直人」説を聞いた方がいたら、あらためてご連絡させていただきます。
私は山本麟太郎ではありませんよ。
昨日飲食店でテレビがついていたのを遠目で見ていた。久米宏の「テレビって、ヤツは?」だったのだが、驚いた。内容のひどさである。
あとで調べるとキャバクラ嬢の話題だったそうだが、それは気づかなかった。後半で、音声は聞けなかったのである。ただ、テロップで主旨はわかる。中島信也氏が出てきて、CMの話をしているようだった。
字幕を見て、内容の察しはつくが驚いた。
「テレビを見れば消費はよくなる」「お正月はテレビを見よう」である。
あまりにバカバカしいのでコメントしないが、テレビが見られていないということを自分で告白してどうするのか。しかも番組で「テレビメディア」を宣伝してどうするのか。テレビCMをやって、消費が良くなるどころか、事業主の収支を圧迫してるだけではないか。
どこがスポンサーかは見なかったし、興味もないが、こんな番組を垂れ流してあまりにお人よしではないだろうか。
断末魔という言葉の意味を、リアルに感じた時だった。
ポジショニングについて、さらにもう少し。
ケラーのポジショニング論には、ちょっと分かりにくい概念が出てくる。「相違点連想」と「類似点連想」だ。
相違点については、分かる。差別化である。類似点連想、というのは「他のブランドと共通した連想」ということである。ケラーの言葉だと「ゲームに参加するための"プレイ料金"」ということになる。
ポジショニングの優れた例として、ケラーは「ミラー・ライト」(ビール)の例を挙げている。だが、面白いことにトラウトも著作の冒頭で、まず「ミラー・ライト」のケースを挙げているのだ。
ただしケラーのような理屈抜きに「ポジショニングの基本条件をはっきり押さえた直球勝負のコピーである」と評している。こんなコピーだ。
「ミラーのライトビールには、あなたが求めているものがすべて入っている。でも、カロリーは控えめ」Everything you always wanted in a beer...and less
ちなみに日本文の訳は「ポジショニング戦略」(海と月社)のものである。少々意訳であるが主旨はわかると思う。
コピーとして、日本の業界の常識からすると決して「クリエイティブ」とは言わないのかも知れないが、マーケティングにおける広告の役割を過不足なく満たしたからこそ、このよう時代が変わってもケースとして取り上げられるのだろう。
そんなことを考えていたら、こうした条件を満たしたコピーに出会った。