「女優の酒井法子被告の薬物事件がなければ、今回の衆院選で民主党の得票はもっと伸びていた?」
このようなリードで始まる記事がasahi.comに出ていた。9月11日付けである。7月13日から投票日の8月30日までの報道内容を調査したところ、酒井法子の逮捕をきっかけに選挙に関する報道が減少したというのだ。
まあ、これだけ解散から選挙までが長いのだからネタもなくなるだろうし、あの逃走劇はやはりインパクトがあったというわけで。
ちなみに大学教授は以下のようにコメントしている。
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「テレビは民主優勢の影響を受けた報道内容だった」と指摘した上で、「もっと放送量が増えていれば、選挙結果では民主への支持の振れ幅がさらに大きかった可能性がある」と分析。
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仮定の話とは言え、これはいささか強引な結論に思える。それよりも 重要なのは、その次の記述だと思うのだ。
この研究会は有権者に調査したが、その結果投票の際に重視した政策テーマは
(1)景気対策(2)年金(3)医療、の順番だったという。ところが放送された番組時間を分析すると
(1)年金(2)医療(3)教育の順で、「景気対策」は「年金」の1割程度ということだ。
有権者の関心事と放送内容がずれることで、自民党の提示した「景気対策」が埋没したということでこの記事は終わっているが、大事なことが飛んでいる気がする。
もう、分かる人には分かる話だろう。これが地上波テレビの現実なのだ。
テレビを見ていたら、ドラクエⅨのCMをやっていた。
SMAPだ。そういえば、このシリーズは前にも彼らが出ていた気がする。国民的ゲームに、国民的アイドル。でも、30代半ばになろうとする男性5人がじゃれあっているのが、未だにこの国では最強なんだ。
それは、そうかもしれないけど、SMAPの存在って本当に不思議だ。
別に恨みがあるわけでもないけど、SMAPは何となく「不況の象徴」である。
バブル崩壊後にメディアに出てきた。ananの「いい男」で木村拓哉がV15だったというけど、それは日本が停滞した15年にも重なる。「基本不景気」な時代の中で「外したくない」心理が、"安全パイ"としてのSMAPを選択させる。
メンバーの中には、交通違反をしたり公然わいせつをしてしまった人もいるのに、それでもメディアは彼らに頼る。通信会社のCMで、ごっそり移籍しても「さもしい」とか「えげつない」とか誰も言わない。
もう、日本人にとって、また企業にとって、というか資本主義にとってSMAPは「魔よけ」なのではないか?とさえ思う。護符を貼っておけば、どうにかなる、安心だろう。それは、そうだ。
しかし、思考はそこで停止する。
「ぐっちーさん」という人のブログがある。正しくは「債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら」というブログだ。たしか2006年くらいから僕は読んでいると思うが、サブプライム問題を07年ごろから指摘しており、一気に名を上げて有名になった。
こと金融については勉強になる。
そのブログでキリンとサントリーの統合問題に言及している。
非上場企業のリスクについての言及もちょっと疑問なのだけど、気になるのは「利益率の低さ」が経営課題で、その理由が「広告宣伝費」と断言しているくだりだ。
しかも、「バドワイザーもハイネケンもハリウッドスターは使わない」のに「日本では電通のためにやっているのではないか」という、"お話"になる。
ハッキリ言うと、こうした意見が「革新的」だと思っているのなら大間違いだと思う。
たしかに、欧米のビール会社や飲料メーカーは有名俳優を使わないかもしれない。80年代のペプシはマイケル・ジャクソンに500万ドル払ったというが、たしかに現状でタレントは少ない。
しかし、広告に有名なスポーツ選手や俳優を使うこと自体はある。
また、日本の広告がタレントを使うのは「無駄遣い」ではない。たしかに、高いかもしれないが、媒体費に比べればコストにおける比率は全然低い。

忙しかった。
多分、来週になるとそういうことはなくなるのだけど、電波の入りにくいところに行くつもりなので、ブログを更新する頻度は落ちるかもしれない。
マーケティングや広告関係の人も、あえて景気の話すらしない、という風情になっている気もする。
で、今年前半は、というか今年いっぱいは価格がらみの要素が最重要ポイントになって、そのうちの幾つかの潮流は定着するように思っている。
よく言われるのが「不況時の低価格志向ではなく、価値が見合わうものに流れが移る」というものだ。つまり、こういう論調は楽観論と共に語られる。
でも、それは嘘。
「単なる低価格」というのあ93年ごろの「価格破壊」の頃に体験していて、たしかにその時の輸入ビールの味や激安スーツの出来は「安かろう●●かろう」といったイメージもあったけど、近年の「低価格商品」は、大体のものが「価値に見合っている」のだ。
大手流通のPBなどに流れた消費は、一定の割合で固定化するだろう。また、メーカーの価格設定も「低価格帯固定」を呼び起こすかもしれない。
新車の販売もホットなニュースがある。189 vs. 205 という戦いだ。でも、それはアルファロメオとプジョーの型番ではない。ホンダのインサイトと、トヨタのプリウス。
単位は「円」。まずは、それだけのことなわけで。もちろん、それ以上のこともあるんだけど、最大のメッセージは明らかに価格だ。
それにCVSにおけるNBの値引きも常態化してきた。週代わりで500mlペットボトルの有力商品が147円から127円になっている。
それが見るからに売れている。
じゃあ、こういう時代の広告の役割は何か。
「できるだけ、この価格を維持できるように効率化してあげること」誰か、この模範解答と異なる答えを提示できるのか。
個人的には「できそう」な気もするが、まだよくわからない。しばらくは数字の支配する世界が続くように思う。
そういえば「広告批評」の最終号が書店に並んでいる。延命装置の拒否......そんな連想がはたらいた。

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さて、ちょっと間が空いてしまったけど、いまの景気後退で「売れないもの」の特徴を考えてみた。
それは代替品が存在して、割高感があり、かつ購買者の虚栄心を満たすことを価値としていたものであった。
お察しの方も多いと思うが、新聞やテレビなどのマスメディアは、広告媒体としてこの罠に完全にはまっている。
インターネットなどの代替品が広まれば、割高感は高まる。価格の下落は、いままでTVCMをやらなかったような広告主を呼び込み、その結果「マス広告をやっているから一流」という虚栄は消えてしまった。
分析だけしても仕方ないので、本日はマスメディアの媒体費の価格戦略をちょっと考えてみよう。
現在では、総出稿量の多く歴史ある広告主が相対的に有利になっていると思われるが、こうしたB to Bの商慣行ではなく、B to Cのマーケティングにおける価格戦略を当てはめてみるのだ。現実性はともかく、シミュレーションとしては結構面白そうだし。
まずHi-Lo政策。集客のために「ドーン」と下げるやりかただ。これは販売のスペースやタイムが限られている媒体ビジネスには向いていないだろう。でも、スーパーの特売のように「お一人様120秒まで」とかすると面白いかもしれない。
EDLPは、要するに実質値下げである。時間帯や面を決めて、オープンな低価格にする。これは、結構考えられる気もする。収益が低くなるように思えるが、広告主の信頼が得られて「割高感」の解消につながるかもしれない。
最後に、PB戦略。要するに代理店を介さないで、直接売る分だけ価格を下げる。非現実的のようだが、これも時間帯や面を決めてやったら面白い気もする。
代理店を通すのは、単なる商慣行だから、別にいいわけだし。
いずれにせよ、大手代理店とマスメディアは以前にも書いたが「熟年離婚」直前のような状態にある。おたがい、自立できた方が勝ちなのだ。
広告の媒体価格が普通の市場原理で動き始めるようになると、この問題はマスメディアだけではなく、インターネットなどにも及ぶだろう。ただ、低下圧力に負けて値下げするくらいなら、最初から積極的な価格戦略をとって、購買側の好意や信頼度を上げた方がいい。それは、メディアビジネスにおいても同じだと思う。
「代替品」「割高感」「虚栄心」というのはどんなカテゴリーでも共通したキーワードになっている気もする。
代替品があって、割高感があっても「本人が好きだから買っている」というカテゴリーやブランドは、ダメージが少なく立ち直りも比較的早いだろう。
はなから代替品が効かないような、圧倒的に差別化できている商品なら「少々割高」と思った顧客は去るだろうが、まだ持つに違いない。
気をつけることは、このような構造は昨秋からのドタバタ以前から日本の消費市場では見られたことだ。
クルマのマーケットが典型だろう。
代替品は都市部においては顕著だ。地下鉄などはこの10年で相当増えて、都心への人口回帰も進んだ。
そうなると主戦場は郊外や地方になる。こういう市場では「一人一台」のようになっていくので、割高な商品は敬遠される。
そうなると、クルマは足であって、虚栄心を満たすためのものでなくなった。
かくして、日本の新車市場はしばらく軽自動車の天下になった。
音楽市場もそうだ。ダウンロードという代替品が出て、ディスクは割高に見える。実際はそれほどでなくても、「ディスクを所有する」という虚栄心が薄くなったことはたしかだろう。
そっか、日本のような成熟社会では「虚栄心」って、重要だったんだ。
それは所有するという行為とも密接に結びついている。
景気がよくなると、どうしても「バブルっぽい」ことが起きるのはある意味しょうがないんだろう、ということもわかる。虚栄心がGDPをコンマ数%上げていたのだ。
そして、後退期になると、そのバブルっぽいことがアッという間に負の記号になる。
結局、「十年間から変わらずやっています」という企業が強いように思う。それは規模の大小に関係ないのではないか。ハイブリッドにいち早く取り組んだメーカーも、高松のうどん屋さんも同じだ。
そういうプレーヤはメディアや広告業界にいるのだろうか?

高速料金の値下げは、あまり効果がないように思っていた。青森から三重まで\1000とか言っても、もともと「長距離移動したい」いうニーズがなければあまり意味がないと感じていたからだ。
だが、今朝のニュースで本四国の橋が\1000になって、高松のうどん屋が大賑わいになっているのを見て、「ああ、なるほど」と思った。
橋さえ安ければ、香川にうどんを食いに行きたいという潜在ニーズは存在するわけだ。
この政策には賛否があると思うが、とにかく「つくること」自体が景気対策だったのに比べて「使うこと」に重点を移したという意味では画期的だと思う。
最大の問題は2年後の期限後だと思うし、その他渋滞や何やら予想外のことは起きるだろうけれども、「予想外」の出来事というのは、消費者心理にはプラスにはたらくものである。
また、5月の連休の旅行の予約も好調らしい。海外旅行がサーチャージの低下や円高で結構いいという。意外なことに国内も前年比プラスになるという。
昨秋以来の不況はかなり長引くと思っていたし、今でもそう思う。ただし、国内の個人消費についてはちょっと次の段階に入ってきたかもしれない。
今回の景気後退の特徴は、「スピードが速い」ことと「ほぼ全業種がムラなくダメ」ということだった。
それが、少し変わってきている気がする。昨年末からのパニックのような消費減退から、「選別」の段階に来たと思う。

ちょっと前に電通から発表された「2008年日本の広告費」では新聞とネットの対比が話題になっていたようだ。伸びるネット、激減の新聞。このまま行くと今年に両者の比率が逆転するとも言われている。
たしかに新聞は減少している。だが、それは「ネットに押されて」なのだろうか。ネットが伸びたのは「新聞などに代わって」なのだろうか。
結論から言うと、その分析はちょっと違っていると思う。
このグラフは、同リポートの数字を整理したもの。新聞広告とネット広告(媒体費)、およびその合計を表している。(ネットの制作費は05年からの集計なので長期的な推移を見るにはこの2つの比較がわかりやすい)
グラフを見ると、両者の合計額は00年と昨年で微増なので、「新聞がネットに食われたように見えるかもしれない。
でも、読み込むと面白いことがわかる。
まず00年から02年までの新聞の落ち込みは1767億円。それに対してネットの伸びは255億円でしかない。同時テロの後の不況で、まずは多くの事業主が新聞出稿を控えたが、別にネットに流れたわけではないのである。
03年からの新聞の落ち込みはやや緩やかになり、06年までで721億円のマイナス。一方ネットは急伸して2785億円のプラスだ。新聞から流れたかもしれないが、それ以上に新たなニーズを捉えたと見るべきだろう。
そして、06年から昨年にかけて新聞の落ち込み幅はもう一度急速になり、1710億円。そして、ネットの伸びは1743億円である。
この2年を見ると新聞の減少分とネットの伸びはほぼ等しい。しかし、長期的に見ると別の構造がわかる。

仕事などで若い人に話を聞くと、最近海外に行ったという声が多い。韓国やオーストラリアなど、円高が特にプラスに働くような方面だと、かなりの割安感があるようだ。
彼らの多くは株安の影響も受けていないし、雇用についても危機感はない。ボーナスの伸びがなかったりしても、それほどに節約志向になっていない。
もちろん業種によってはかなりのインパクトがあるはずだが、実感として景気の悪化を感じていない人までも心理的にマイナスになるのは報道の影響である。
である、と断言できるのは日銀の「生活意識に関するアンケート調査」でよくわかる。これは昨年の8月29日に書いたが、その傾向はますます強い。
この調査は、まず「景気判断の根拠」を聞いている(2つまでの複数回答)昨年夏ごろの原油高に端を発した物価上昇の際に「マスコミ報道を通じて」がグッと上がった。
その後、数字を見忘れていたのだが、秋以降には「自分や家族の収入の状況」が増えているのだろう、と思い込んでいた。
しばらくぶりにデータを見たら、結果は予想外だった。「マスコミ報道を通じて」がみごとな"一人勝ち"。
明らかに雇用問題をめぐる報道の影響である。
上位3つには入っていないが、「景気関連指標、経済統計をみて」も半年で7ポイントほど上がっている。
ここから、面白いことがわかる。
東洋経済の今週号は、このブログをご覧になるような方には気になる内容ではないだろうか。「テレビ・新聞陥落!」という特集で、広告ビジネスに関することもいろいろと書かれている。
日本テレビの氏家齊一郎氏のインタビューがあって、「このかつてない厳しい環境を3年前から警告していた」と書かれている。ところが、3年前の、このインタビューではまったく強気。
広告費について「急に伸びていくということはないかもしれないけれど、安定成長期に入ったんだから、国内経済の成長と同じ程度には伸びていきますよ」と言っている。
まあ本文を読むと実際に危機感を持ったのはこの直後のようだ。
今回のインタビューでは「現在の広告減少は景気循環的なものではない。今進んでいるのは、もっと大きい構造的な変化だ」と言っている。興味深いのは、構造的変化とは「端的にいえば流通の寡占化の進行」という指摘である。
「メーカーなどの供給者はマスコミを通じて直接需要者に宣伝するよりも、強力な流通業者に、セールスプロモーションと称するカネを払って、自分の商品を売ってもらうほうが効率的という考え方になる」
つまり「ネットの発達で」云々以前の問題なのであって、これは、まったくその通り。ただ、どこかで聞いたことがある気がする......と思ったんだけど。
そう言えば自分で言っていた。こちらのインタビューである。