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    <title>広告って、なに？</title>
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    <updated>2010-04-01T09:29:31Z</updated>
    
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    <title>訪れていただいた皆様。</title>
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    <published>2010-04-01T09:28:42Z</published>
    <updated>2010-04-01T09:29:31Z</updated>

    <summary> こちらのブログはホームページの改訂にともない移転しました。今後はこちらのブログ...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="挨拶" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[ こちらのブログはホームページの改訂にともない移転しました。今後は<a href="/blog/">こちらのブログ</a>をご覧ください。<br />ご愛読いただきありがとうございました。<br /><br /><br />]]>
        
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    <title>インターネットへの無邪気な感謝。</title>
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    <published>2010-03-26T02:43:35Z</published>
    <updated>2010-03-26T02:50:35Z</updated>

    <summary> 会社を辞めて独立してから５年半経った。 その間、古巣の広告市場は大変動だった。...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="thank-you-tan-red.GIF" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/thank-you-tan-red.GIF" width="210" height="215" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
会社を辞めて独立してから５年半経った。<br />
その間、古巣の広告市場は大変動だった。経済変動とメディアの技術革新で風景は一変している。<br />
当然インターネットの影響は大きい。<br />
しかし、考えてみると独立事業者としての自分はネットの恩恵をフルに受けてきた。<br />
まず、第一に営業コストが削減される。ネットがない時代は、事務所を構えて、秘書（または同様のサービス）がいて、会社組織にすることで、まず「信頼」を得る必要があった。<br />
いまだに１人の個人事業主だが、これもホームページで発信できて、かつ依頼を受けられる仕組みがあるからだ。<br />
素晴らしいではないか。<br />
次に、モノや情報の収集において個人と組織の差が減少した。会社を辞める時「情報が入ってこないのでは？」と主に年配の方が心配してくださり自分も気にはなったが、それは杞憂であった。<br />
政府の調査データなども簡単にダウンロードできるし、検索エンジンでナマの声も拾える。<br />
実は研究で助かるのは古書の入手が恐ろしくラクになったことだ。絶版の本を求めて神保町を彷徨したり、早稲田から高田馬場まで歩くこともなくなった。これは本当に重宝する。<br />
さらに、人的ネットワークの広がりと絆。これについては、多くのインディペンドのプレイヤーが実感していることだろう。<br />
ここで、当たり前の「ネットの可能性」を自分なりに整理してみる。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>インターネットは個人の力を社会と結びつけ、個人と個人の結びつきをダイナミックに変えて、人の自由の可能性を広げたのだ。<br />
というように、改めてネットの恵みを実感して、無邪気にネットを礼賛してみたくなったりもするのである。<br />
何で、こんなこと書いたのかというと、ネットが「空気」状態になって、人々から何となく感謝の気持ちが薄れているような気がするのだ。インターネットのもたらした恩恵をもっと日々噛み締めたっていいんじゃないか。マスメディア命の人が好きな、「アンチ・ネット」的言説との議論に労力を使いすぎない方がいいと思う。<br />
そのくらい、ネットは「個人」を活かすものなのだから。<br />
マーケティング・コミュニケーションの領域においても、もうマスメディアへのカウンターとしての議論にこだわることもない。このブログを始めた頃に<a href="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/archives/2008/06/post-6.html">「非マス⇔マス」「右脳⇔左脳」の人材マップ</a>を書いてみたけど、これもそろそろ変わってきている気がしている<br />
自分自身の5年を振り返っても、ネットというインフラやそれに関わるサービスには山ほど助けてもらった。会社生活に飽きた自分にとっては、テクノロジーのおかげで本当にいい時代を過ごせていると思っている。<br />
ネットに関わっている人の中でも、いろんな人がいて競争があって議論がある。でも、まずは無邪気に「ネットがあってよかったよね」ということを、原点に立って共有してもいいんじゃないかと思ったりする。#mujakiとか。<br />
などと思いつつ、4月からこのホームページを一部リニューアルする予定。このブログも"広告って、なに？"というタイトルではなくなり、さらに別のスタイルの情報発信をするつもりである。<br />
システムと仕事の関係でこちらのブログのエントリーはいったん最後となります。今後のお知らせは４月１日を予定していますので、よろしくお願いします。<br />
</p>]]>
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    <title>mixiのCM講義。「価値構造」</title>
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    <published>2010-03-25T02:22:36Z</published>
    <updated>2010-03-25T02:29:44Z</updated>

    <summary> さて、昨日に引き続きmixiのＣＭを素材にしてメッセージ分析を試みてみよう。 ...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="マーケな目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="mixi2.jpg" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/mixi2.jpg" width="517" height="210" class="mt-image-none" style="" /></span><br />
さて、昨日に引き続きmixiのＣＭを素材にしてメッセージ分析を試みてみよう。<br />
今回は価値構造についてである。まずはクラシックな価値構造分析をおこなってみた。<br />
とっかかりはキャッチコピーである。「mixiってる＝つながってる」と読ませているので、機能価値は「つながる」ということと分かる。<br />
問題はこの先、情緒価値から社会・生活価値への流れなのだけれど、これが3つのCMで異なっているように見える。<br />
一般的には1つのブランドでは1つの価値構造を持たせるので、そういう意味では定石とは異なる面もある。<br />
あえて言えば、「卒業」と「茶色い犬」は情緒価値的には「しっとり」という意味で類似している気もするけれど、「卒業」篇は現在イキイキと働いている姿が映るので、単なる「しっとり」とも異なる。<br />
昨日見たようにセグメントも多様であれば、訴求価値も「mixiってる」以外はまた多様になっているのである。<br />
なお、このキャッチコピーだが「mixi」というブランド名が含まれている。こうした「ブランド名読み込み」のコピーが採用される場合は大体2つのケースがある。<br />
1つは「ブランド名の認知向上」に目的が徹している場合。<br />
2つ目は、コピーがブランド価値をうまく言い当てられず、コピーライターが悩んでしまった場合である。<br />
今回の事情はわからない。ただし3つのCMがそれぞれ異なる価値を訴求しているということは、そもそも「mixiの価値は一言で言い表せないから」からこそ生まれてきたということもあるだろう。その結果、「mixiってる＝つながってる」という「当然だけれど圧倒的に正しい機能価値」がキャッチコピーになったという可能性があると思う。その上でいろんなターゲットや価値構造を順列組み合わせ的に考慮して制作されているように見える。<br />
実は、違和感の正体はここにある。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><strong>そもそも、mixiのようなconsumer　generated media においては、ブランド価値もconsumer generatedであるはずなのだ。</strong>つまり、ユーザーが自ら、その価値を生成していて、その価値は常に変化している。<br />
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」<br />
このような価値を持つCGMのブランド構築に、カッチリとした西洋的な価値構築メソッドやセグメント戦略は、もともと適応させにくいのではないだろうか。<br />
会員やアクセス数の増加を狙うためにTVCMをおこなうことは一定の成果をもたらすと思う。ただし一方向の「価値伝達」ではなく、もう少しユーザに「委ねる」ようなブランディングもあるのではないか。<br />
そういうわけで、当初の違和感は分析してみるほどに、まだ引っかかるのであった（おわり）</p>]]>
    </content>
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    <title>mixiのCM講義。「セグメント」</title>
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    <published>2010-03-23T15:05:57Z</published>
    <updated>2010-03-23T15:13:14Z</updated>

    <summary> mixiのCMが流れている。ホームページのここを見たら3篇作っているようなのだ...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="マーケな目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="mixi1.JPG" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/mixi1.JPG" width="481" height="228" class="mt-image-none" style="" /></span><br />
mixiのCMが流れている。<a href="http://mixi.co.jp/press_info/cm_library">ホームページのここ</a>を見たら3篇作っているようなのだが、一通り見た時にちょっとした違和感を感じた。<br />
何でかな、と思ってノートに分析してみたら、すぐに分かった。<br />
今日の内容は3篇とも見ていただくことを前提に書いているのだが、結論から言うとこの図表のように「見事なまでに」異なる属性のセグメントを描いているのである。<br />
基本的には「はじめよう」ということで登録制にともなうノンユーザー狙いだと思われるが、それだけでもないようだ。<br />
「卒業」篇は地方の高校を出て上京していくというストーリー。ローカルエリアを睨んでいるのだろう。描き方はミドルユーザーに見える。<br />
これは「距離が遠くなる」というタイミングで、SNSの情緒価値を強化しようとする意図に思える。<br />
「友だちと一緒に」篇はOLだが「同期」という非公的ネットワークへの帰属である。1人のOLはヘビーユーザーのようだが、もう1人はノンユーザーのような描き方だ。エリアは都市部。<br />
「茶色い犬」篇は子どものいる会社員男性。一戸建てのようなので郊外のイメージだ。帰属は家族のように思えるが、mixiでつながっているのは会社の後輩のようなので、これによって先のOL篇とは補完関係にある。<br />
違和感、というのはCMを見ているのに、何だか「企画書」を見ているような気分になるのだ。というか、オリエンテーション、プレゼンテーション、さらにはその後の議論などが何となく創造できる。<br />
4月から大学の講義で「広告分析による戦略読解」を取り入れようと思うのだが、このCMなどは格好の材料になりそうである。<br />
CMへの評価はそれぞれだとは思うが、今回はあくまでも戦略分析の素材ということで読解を続けたい（つづく）<br />
※注：mixiのHP内にはこの3篇のCMの<a href="http://mixi.jp/promotion.pl?id=cm">つながりや背景についてのページ</a>があるが、今回はあくまでもオンエアしている3篇のみを分析素材にした。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ブランディングと代理店。</title>
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    <published>2010-03-22T23:41:46Z</published>
    <updated>2010-03-23T00:59:32Z</updated>

    <summary>広告代理店がブランドマネジメント手法を開発して「主力商品」に育てようとしてからど...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<p>広告代理店がブランドマネジメント手法を開発して「主力商品」に育てようとしてからどのくらい経つのだろうか。<br />
と思って、自分のことを思い出した。僕が代理店でシステムつくりのメンバーになって、「ブランド本」を出したのが1998年で、もう12経っている。（本題と関係ないのだが何となく呆然...初めて自分の名前で論文出した時ってまだ34歳だったのか...）<br />
と、気を取り直して「広告代理店がブランド構築に関わる」ということについて、ちょっと考えてみたい。<br />
広告代理店が企業のブランド構築を主導すると、幾つかの「クセ」が出てくる。それが最近曲がり角に来ている気もするのだ。<br />
まずは、コミュニケーションを重視したがること。場合によってはマス広告に「落とし込む」ことばかりを考えているような人もいる。概して年配の営業に多いのだけれど、これはもはや通用しないだろう。<br />
そして、全体的に情緒価値を重視したがること。「機能だけではなく、消費者との絆を大切」というのは正論なんだけれど、情緒価値だけの差別化は、景気後退時には通用しないことが明らかになりつつある。<br />
その結果、ブランディングの対費用効果については「ムニャムニャムニャ」になってしまいやすい。<br />
しかし、一番困難なことは情報量が飛躍的に増えた結果、企業が想定したブランド価値が伝達しにくくなっていることだと思う。丁寧に価値規定をしたところで、消費者はブランドをさまざまな面から知るようになった。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>美しい広告よりも、価格.comに書かれている情報や、アウトレットの店頭のほうが「リアル」である。リアルな世界で勝つためには、相当なタフさが求められてくる。ブランドは、すぐに素っ裸にされてしまうからだ。<br />
結局、ブランディングは事業主の、それも経営者の責任によっておこなわれることが望ましいのだ。ユニクロ、マクドナルド、ニトリなど現在「強い」といわれる会社は「何を提供するか」という商品・サービスの開発指針と機能価値が徹底している。<br />
その指針づくりこそがブランディングなのである。<br />
また、こうした企業が自社店舗を持ち価格決定権を握っていることも興味深い。価格決定権が実質的に組織小売りに移ったいま、メーカーがコミュニケーションによってブランドの付加価値をつけても販売につながりにくくなった。このような環境下での一般消費財のブランディングをどうするかについては、まだまだ未開発の部分も多い。<br />
マス広告は認知に徹すればいい、という意見も聞く。結局は商品開発に尽きる、という人もいる。<br />
いずれにせよ、代理店主導のブランディングは曲がり角に来ている。というか、「曲がってみたらとりあえず野原でした」みたいな状態ではないだろうか。<br />
業態を超えて新しい道、まさにwayを作るチャンスなのだと思う。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>佐藤浩市の謎。</title>
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    <id>tag:www.naotoyamamoto.jp,2010:/blog2//7.1302</id>

    <published>2010-03-19T07:19:11Z</published>
    <updated>2010-03-19T09:54:40Z</updated>

    <summary>佐藤浩市は謎だ。 実は、ビール会社のＣＭの中でも何年かにわたって転職もしているよ...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<p>佐藤浩市は謎だ。<br />
実は、ビール会社のＣＭの中でも何年かにわたって転職もしているようだし、飲むものも変化している。<br />
たしか5年ほど前までは1人で飲み歩いておいしそうなモノを食べていた。カウンターで隣り合わせになった若い女性にメニューの漢字の読み方を教えたりして。<br />
で、翌年にはいきなり会社の管理職になっていた。景気がいいのか、部下連れてタクシー拾って屋形船でみんなで飲んでいた。<br />
この頃はビールが好きだったらしい。<br />
そうしたら去年は海辺のようなところで、１人で飲んでいた。仕事は辞めたのか、元々オフの日なのか。1つ気にかかるのはビールから発泡酒に転向したことだった。何かあったんだろうか。景気も悪いし。<br />
とか思ったら、今年はまた上司になっていた。そうか、やっぱ会社員だったのか。いいことがあったようで、オフィスで部下とハグしている。<br />
ただ、その後屋上のようなところで、やはり1人で発泡酒だ。みんなで行けばいいのに。いや、ブランドによって「帰属」とか「コミュニケーション」とか「達成」とか事情があるとは推測できるんだけど。<br />
謎はここにとどまらず、彼は女性の部下の前では、またかなり違う側面を見せる。厳しかったり、悔しがったりするんだけど、今度はクルマに乗って、いきなり走り出す。<br />
いいのか、さっき屋上で飲んでたんじゃないのか。<br />
よく見ると、この会社、ネームプレートが英語だったりしてどうやら外資系に見える。<br />
佐藤浩市、転職していたのか。この厳しい時期に。<br />
そういえば、彼は育毛もしっかりやっているのか。さすが「理想の上司」スキがない。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>マーケターのキャリアパス。</title>
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    <published>2010-03-16T06:23:25Z</published>
    <updated>2010-03-16T06:36:15Z</updated>

    <summary>人事の季節になった。辞めた頃は、自分のいた会社の異動記事を読んでいたが、最近は気...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="キャリアのことも" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<p>人事の季節になった。辞めた頃は、自分のいた会社の異動記事を読んでいたが、最近は気がついたら終わったりしている。もっとも今年は大きな異動があり、僕の現在のクライアントから「どうなってんですか」と解説を求められることが相次いだので、久しぶりに読み込んでしまった。<br />
まさか、その解説はここに書けないけどね。<br />
で、最近思ったマーケターのキャリアパスについてちょっとメモ。<br />
趣旨は、マーケターは「いわゆる本社部門」を経験するといいよ、という話。つまり、経理、財務、人事、経営企画などの部門である。<br />
僕自身、会社生活最後の3年は人事にいたのだけれど、これは本当に後で役に立った。経験も踏まえてその理由を3つほどにまとめておく。<br />
1つは、マーケティング活動をバランスよく見ることができるからだ。マーケティングはカネを使ってカネを稼ぐ。当然攻めの発想になるけれど、視野が狭くなることもある。本社部門に行くと、カネやらヒトやら会社の「資源」をどう使うかという視点が身につく。マーケティングに費用対効果が求められる時に、この経験は大きい。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>2つ目は、新しい知識とネットワークができることである。本社部門の仕事は法令などのルール変更を学んだり、新しい方法論の動向など「イヤでも学ぶべきこと」が多い。そこで社外の勉強会に行くと、いろいろな人とネットワークができる。そして得てしてスタッフ職同士は仲良くなることもある。<br />
3つ目は「官僚の発想」を学べることだ。官僚的というのは悪の代名詞のようになっているが、常に組織の維持・発展を念頭におく官僚の行動がなければ、組織は持たない。企業経営においても、予算や企画の決定権を持っている人は、官僚的に発想する。<br />
ここで「官僚的だから」と文句を言っている社内マーケターや広告代理店の人は結局機会を逃がしている。上司やクライアントが官僚的であることを前提にしてプランを通すのが仕事だからだ。本社部門を経験することで「官僚的発想のクセ」や説得の方法を体得できる。<br />
マーケターのキャリアパスは、そもそも日本では前例が少なすぎるので、それぞれが自分で考えるしかない。<br />
昨年のアドテックでは「専門性の罠」という発言をした。自分の得意分野が技術革新によっていきなり陳腐化するリスクのことである。<br />
本社体験はこの罠を回避する上でも有効だと思う。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>小学校のプロパガンダ。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/archives/2010/03/post-154.html" />
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    <published>2010-03-15T04:17:12Z</published>
    <updated>2010-03-15T06:42:59Z</updated>

    <summary>北教組関連のニュースで思い出したのだけれど、小中学校の頃の先生の影響力って、どの...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="思うこととか" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="超長期記憶" label="超長期記憶" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>北教組関連のニュースで思い出したのだけれど、小中学校の頃の先生の影響力って、どのくらいあるのだろう。ブランドについては「超長期記憶」というカテゴリーの研究があって、子どもの頃のブランドイメージがその後どう影響するかを調べた研究があって、一定の関連を認めていたはずだけど。<br />
僕が思い出したのは小学校の頃の先生の「政治的プロパガンダ」である。都内の区立小学校だったけど、まず1～2年の担任は大変分かりやすい左派の若手女性教師だった。<br />
ギターを持ってきて<br />
♪しあわせはおいらの願い　仕事はとっても苦しいが♪<br />
という「しあわせの歌」とかがお気に入りで、こういうのは音楽の時間ではない時に教えられた。インターナショナルも聴いたと思う。もしかしたら道徳やホームルームの時間だったのかもしれない。<br />
まあこの手の先生は珍しくなく、妹の担任の持論は「皇居の下に地下鉄を通せ」だったという意図不明なものだったりしていた。<br />
しかし、今にして思うと5～6年のベテランの女性教師は、かなりすごかった。巨大で、かつ国政に強い影響力をもつ某宗教団体の熱心な「学会員」だったのだ。<br />
それは結構授業にも反映されていて、6年の時には当時の会長で今もなお影響力を持つ某氏の詩が、模造紙に書かれて黒板の上に貼られていた。<br />
なお、児童全員がその暗唱をおこなっていたのは言うまでもない。それ以外にも、道徳のテキストにはその手の話があった気もする<br />
ただ、今となっては全くと言っていい程覚えていないが。<br />
なお、この先生は結構最近まで選挙の前になると僕の実家に来ていた、と親から聞いた。<br />
まあ、今の学校でこんなことやったら大問題だろうけれど、特にそういうこともなかった。中学校以降にその手の記憶はない。いったい何だったのだ、あの小学校は。<br />
　　<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ROI再考。</title>
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    <published>2010-03-12T02:20:24Z</published>
    <updated>2010-03-12T02:32:36Z</updated>

    <summary>マーケティングROIについての基本的な文献として、その名も「マーケティングROI...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="マーケな目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="マーケティングroi" label="マーケティングROI" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p>マーケティングROIについての基本的な文献として、その名も「マーケティングROI」と言う本がある。（J.Dレンズゴールド/ダイヤモンド社/2003・日本語版2004）<br />
この中で広告に関してこんな記述がある。（65ページ）<br />
###（以下引用）<br />
目先の販売増加を狙った大衆向け宣伝活動がある一方で、水準の高いブランド広告は、長期にわたって持続する顧客との感情面での結びつきとブランド選好をつくり出し、またその企業に関する株式市場の評価にまで影響する可能性がある。<u>この種のブランド戦略に関する投資判断を、無理に標準のマーケティングROIの等式に当てはめようとすることは現実的ではない。個々の投資ごとに増分価値を見極めることは不可能だからだ。</u>本書に紹介するマーケティングROIのプロセスを用いて、この種の投資を管理する目的のためには、これらの広告を一般管理費として考えるのがよい。そのうえで、ブランド広告をブランド・エクイティ（ブランド資産）の算出法を用いて管理できれば、その投資測定法はいっそう強力なものになる。<br />
（引用ここまで/下線山本）<br />
###<br />
一読してわかるとおり、ブランド広告の効果をROIの視点では測りきれないと言っている。もちろん、これについては以下のような疑問も提示されるだろう。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>１．この本が書かれた2003年時点よりもインターネットなどのテクノロジーの進歩により計測は可能になりつつある。<br />
２．そもそも費用をどこに分類するか、という議論は形式的なものである。ブランド広告が一般管理費だとしても効果は測定されなくはならない。<br />
３．にも関わらずブランド・エクイティへとの関連性については明示されていない。<br />
この本一冊でマーケティングROIが実行できるわけではないし、想定される上記のような疑問ももっともな面がある。しかし、議論のたたき台として「どこまでは測定するべきか」ということを、もう少しした方がいいのではないか。<br />
これは広告代理店やメディア側というより、事業主サイドの課題に思える。<br />
本書を読み進めると投資ポートフォリオの議論がある。ここでは投資の「確度」によって「安心な投資」「有望な投資」などの分類についての議論がある。<br />
投資に確度の差があるのは当然なのだが、確度も収益性もある「安心な投資」のみに偏ってしまえば、やがて競争において不利になる可能性もある。<br />
マーケティングROIが「安心のためのオマジナイ」になっていないだろうか。時折、不安になることがある。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

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    <title>キャリアの初期故障。</title>
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    <published>2010-03-10T07:45:30Z</published>
    <updated>2010-03-10T08:01:32Z</updated>

    <summary>新幹線「のぞみ」でトラブルが続いている。床下から煙とか天井から異音とか。 ある記...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="キャリアのことも" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="初期故障" label="初期故障" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p>新幹線「のぞみ」でトラブルが続いている。床下から煙とか天井から異音とか。<br />
ある記事によれば、N700系の初期故障が出る時期だという。故障した車両に乗りたくはないが、いきなり大トラブルよりはバグを修正してもらった方がマシなのかもしれない。<br />
初期故障、という表現で思い出したのだが、社会人のキャリアでも「初期故障」はある。新卒3年目くらいまでの会社員が「こんなはずじゃなかった」状態に陥ることだ。決定的に壊れるのは本人も周囲も困るけれど、適度な初期故障はかえっていいのかな、と思うことがある。<br />
程度の差はあるけれど、自分の仕事や会社のあり方についてアタマを悩ませて悶々とすると「会社と自分の関係」について自分の言葉で考えられるようになるのだ。<br />
初期故障をちゃんと修理できれば、やがて巡航速度に乗る。そして初期故障の効果は、後輩を持つ頃に現れるのだ。同じような初期故障を起こす後輩に対して「会社っていうのはね」と自分の言葉で説明できる。<br />
いまどき初期故障に無縁だった社員はむしろ単に盲目的だったりする人も多い。この手の社員が30歳くらいになると妙に若手に対して威圧的になる。<br />
マネジメントから見れば、適度な初期故障を起こさせること。つまり入社間もない若手が「こんなのでいいんでしょうか」と言いやすい空気を作り、それに対してオープンに話しあえるのがいいのだと思う。<br />
いまどき問題のない職場はない。でも一番の問題は、それを隠すような濁った空気なのだと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>「立ち位置」って胡散臭い。</title>
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    <published>2010-03-07T09:37:56Z</published>
    <updated>2010-03-07T09:39:47Z</updated>

    <summary>「立ち位置」という言葉を聞いたのは、2001年の頃で社内の先輩が口にしていた。そ...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
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    <category term="立場　立ち位置" label="立場　立ち位置" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p>「立ち位置」という言葉を聞いたのは、2001年の頃で社内の先輩が口にしていた。その方は現場の制作から本社に転じていて、まあなんというか悩んでいたような気がする。<br />
「仕事の上での立ち位置が大事なんだ」というような話で、まあ意味は分かるのだけど「タチイチ」なんて聞いたことがなかった。今でも辞書では見ない。<br />
ただし「立場」ではよくないようで、広告業界特有の言葉の先走りかと思っていた。そのうち若い人も言い始めて「直人さんの立ち位置は......」とか言う。<br />
「立場」というのは主に言い訳に使われていて、管理職が「気持ちは分かるがオレの立場では......」というように拒絶の口実になっていた。<br />
したがって部下は「あの上司は自分の立場ばっかり」という陰口を言う一方で、「部長の立場を超えて動いてくれた」とかいうのは賞賛だったりする。<br />
このように「立場」をしっかりさせることは、ネガティブな面が強調されやすかったが「立ち位置」は、ポジティブに捉えられていた。そんな気がする。<br />
「得意先でも上司の前でも立ち位置が変わらない先輩」などは、若手からは好意的に見られているようだ。<br />
ただし、個人的にはこの「立ち位置」はあまり好きではなく、何となくギョーカイ特有の「口にすると心地よい」物言いに聞こえる。<br />
組織がフラットになって、管理職をプレイングマネージャーとかいうようになってしまい、与えられた「立場」が流動化したことが原因の一つだと思う。その結果、上も下も「立ち位置探し」。みんな自分のポジショニング探しに夢中になっている<br />
あと、広告代理店なんかでは相変わらず、やたらチーム人数が多いようだ。得意先に「何か最近の代理店さんって、ますます大人数で来るんですけれど」という話を事業主から聞くことが多い。リーマンショック以降だろうか。<br />
結局自分の社内ポジショニングのために労力を使う。それって何なんだ。やっぱ「立ち位置」って胡散臭い。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ガンバレ、就活生。</title>
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    <published>2010-03-04T00:37:37Z</published>
    <updated>2010-03-04T00:43:37Z</updated>

    <summary>今年は多くの大学生に会って、就活の相談を受けた。そろそろ佳境のようだが、気になっ...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
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        <category term="キャリアのことも" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="就活　相談" label="就活　相談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p>今年は多くの大学生に会って、就活の相談を受けた。そろそろ佳境のようだが、気になったことをまとめてみた。<br />
＊<br />
学生時代に「大したことをしていない」からといって怖がることはない。殆どの学生は大したことはしていない。小さいことでも「懸命にやったこと」を冷静に話せれれば十分だ。<br />
＊<br />
業界への適性や才能があるかどうかで悩む必要はない。その業界や企業を「志望しよう」と思うこと自体がその人の才能。才能がない人はそもそも志望しようとすら思わない。<br />
＊<br />
自分の大学のネームに不安を抱くな。抱いた時点でもう何歩も後退している。就職に強い学生は皆「根拠のない自信」を持っているだけだ。でも、時にはその思い込みがパワーになる。<br />
＊<br />
「何かが足りない」と言われるのは当たり前。その足りない最後の１ピースを見つけるのが就活プロセス。あきらめないで最後まで探し続けた人は結果を出せるはず。<br />
＊<br />
「何がしたいかわからなくなる」「自分のことがわからなくなった」それも当然。就活は自分という魔物との戦い。みんな、恐れながら戦っている。迷ったら今「してみたい」ことをぶつけるしかない。<br />
＊<br />
どんな時代でも可能性は次世代にしかない。ガンバレ、就活生。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>ROIと問い詰める文化。</title>
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    <published>2010-03-01T23:57:02Z</published>
    <updated>2010-03-02T00:01:21Z</updated>

    <summary>企業内のマーケティング担当者が、社内から厳しくROIを問われるようになって久しい...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="マーケな目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="マーケティング　roi" label="マーケティング　ROI" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p>企業内のマーケティング担当者が、社内から厳しくROIを問われるようになって久しい。これは欧米でも同様らしく、MBAをとった学生は「チェックできる側」の財務系の仕事を希望して、マーケティング志望が減っているという。大学の先生に聞いた話である。<br />
実際にマーケティング担当者から相談を受けることもある。この場合広告予算そのものに関わるので、代理店の人には話しにくい状況もあるわけで。<br />
全般的な傾向として言うと、短期的販促については経験値も高まってきて、社内でも納得されるようになりつつある。一方ブランディングに関わるコミュニケーション費用は、それほどキッチリ説明できない。<br />
この話を聞くと、人事採用のことを思い出す。人事は長期的な視点で採用するが、現場は即戦力を求める。しかし、即戦力は「今がピーク」の可能性もある。<br />
「どうしてああいう採用なのか」と問われた経験は人事担当者は持っているだろう。しかし、あえてハンパな反論はしない。それはプロの判断でありあえて計測はしないからだ。<br />
人材ROI、という発想もあったようだが定着はしていない。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>経営者というのはこのようにROI的な判断では限界のある事柄についても意思決定をしている。<br />
それは有体にいえば「博打」であり、スマートに言えば「資源の傾斜配分に関わる意思決定」だ。<br />
問題になるのは「問い詰める文化」が蔓延している企業である。何でもかんでもROI的に問い詰めるのが上手な人が重宝がられて出世してしまうと、その企業は結局縮小均衡に陥ってしまうことがある。経営判断の前段階で「失敗はないが成長もない」プランしか並ばないからだ。<br />
当然マーケターは身動きもできない。こうした「「問い詰め上手」が幅を効かせないようにするのも、また経営の大切な技術である。<br />
説明責任という言葉が独り歩きして、「問い詰める」ことが正義だと思い込む。もっともそれは会社内だけの問題ではないかもしれないが。</p>]]>
    </content>
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    <title>日本人は農耕民族だから。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/archives/2010/03/post-149.html" />
    <id>tag:www.naotoyamamoto.jp,2010:/blog2//7.1291</id>

    <published>2010-02-28T15:07:53Z</published>
    <updated>2010-02-28T15:10:26Z</updated>

    <summary> 日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族。どうして、こんな話がいまだにアチコチで飛...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="分析もしてみる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="日本人　農耕民族" label="日本人　農耕民族" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="Agriculture01.jpg" src="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/Agriculture01.jpg" width="288" height="210" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族。どうして、こんな話がいまだにアチコチで飛び交うのだろう。<br />
ヒトはもともと採集・狩猟で生きていたが、何らかの条件が整い農耕を始めて、定住した。そこに古代文明が始まったわけで、西洋でも東洋でも「農耕」が現在の文明の前提になる。（僕の参照本は「銃・病原菌・鉄」）<br />
ただ、日本人が米作文化で、欧米が肉食というのは確かにそうだろう。教科書にも出てくる「三圃制」は牧畜と農業の一体化を志向している。<br />
それに比べると日本の肉食の歴史は浅い。だからといって、何も日本が突出して「農耕民族」というのは変だ。（僕の参照本は「肉食の思想」）<br />
そんなの欧米の農業生産の規模を見ればよくわかる。<br />
じゃあ、どうして「日本人＝農耕」「欧米人＝狩猟」な話になったのか。仮説を考えてみた。<br />
その1。江戸時代まで産業革命がなく、かつ肉食文化がなかったため、欧米と比較して「農耕中心の国」という自己イメージが定着した。たしかに士農工商で、「石高」のように米が経済の中心になっていた面はある。<br />
その2。敗戦直後には日本の就業人口の50%以上は第一次産業だった。しかし、その後地方から都市への人口移動が起きたが、これも米軍占領後の急速な変化だったので、反面的に農村が日本人の原風景として共有された。政治も農業に手厚かった。<br />
その3。経済のグローバル化が進む中、日本と西洋の経営を比較するうちに、「でも日本人は農耕民族だから」というエクスキューズが変化を好まない人にとっては便利に機能した。防衛機制の一種かもしれない。<br />
こう考えてみると「日本人は農耕民族だから」というのは根拠がない一方、"ある種の人"には便利なフレーズだったということが分かる。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>成果主義も、規制緩和も、アグレッシブなネットの世界も「農耕民族である日本人」には向いていないと主張する人がいたのだ。<br />
「グローバルとか何とか言っても、日本人は農耕民族なんだから」<br />
この一言で新しい波を拒んでいた人は、もちろん広告業界にも山ほどいた。その意味不明なフレーズが、新たな芽をつぶす"体のいい口実"になっていたのだろう。そんな気がする。そういう人は「時期尚早」というフレーズも好きだ。いつの時期が適切かは決して言わないのに。<br />
今でもこうしたテキトーなフレーズで逃げ切りを図る年寄りには、横目で睨んで近寄らないことをお勧めしたい。<br />
そもそも食糧自給率がここまで低下していながら、自分たちを「農耕民族」と称することがかなりケッタイなのだから。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>「ポジティブ」の罠。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/archives/2010/02/post-150.html" />
    <id>tag:www.naotoyamamoto.jp,2010:/blog2//7.1290</id>

    <published>2010-02-26T06:41:58Z</published>
    <updated>2010-02-26T06:43:35Z</updated>

    <summary>ちょっと前のネット広告が新聞広告を逆転したというニュースで、思い起こすことがあっ...</summary>
    <author>
        <name>山本直人</name>
        
    </author>
    
        <category term="マーケな目" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="広告　コミッション" label="広告　コミッション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.naotoyamamoto.jp/blog2/">
        <![CDATA[<p>ちょっと前のネット広告が新聞広告を逆転したというニュースで、思い起こすことがあって、それは会社を辞めた理由についてである。<br />
「公式の」理由はいろいろとあるけれど、わざわざ言わなかった「理由」もあって、その１つは僕がマスメディアのコミッション・ビジネスの将来性に懐疑的だったからだ。<br />
その一方で、経営層は全然「ダイジョーブ」だと思っていた。<br />
わざわざ人材開発を希望したのも、マス広告のコミッションに依存しないで「稼げる人材」を育てることが急務だと思ったからだ。<br />
「こうすれば新しいビジネスができる」といろいろ考えたのだけれど、本気でやろうとしないので、１人でやってみることになった。まあ、経営というのもそんなもんだった。<br />
まあ9年前のことである。今に比べれば業界はまだまだノンビリしていた。<br />
困ったのは「まだまだマスは大丈夫」とのたまう役員などが「ポジティブ思考」だという好意的評価がされちゃうことだった。<br />
「いやあ、あの人は前向きだから」と部下からも慕われ、上からも評価されたりする。<br />
今になって思うのは「ポジティブ・シンキング」と「ノー・シンキング」は紙一重ということ。何にも考えていない人は前向きになれる。危機感の強い人は疎まれる。<br />
普通に考えれば結論は簡単だった。だが、その「普通」が難しいのである。<br />
</p>]]>
        
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