実は新しい本の執筆に取りかかっている。今週はほとんど自宅の仕事場にこもっていた。執筆モードなのでアタマは活性化するのだけれど、本で書くべきこと、なぜか本の内容と微妙にずれたアイデアばかり浮かぶので、それを毎日ブログに書いていた。
というわけで、"離れ"三部作のオチは、予想通り?マスメディアの話ということになる。
実は○○離れに絡む若者論のトーンにちょっとした疑問があった。
昔からの伝統的若者論というのは、彼らのマナーや言葉遣い、ファッションなどに大人が「苦言を呈し」一方で別の識者が「それなりの理解」を示しながらユルユルと論じられていた。まさに五輪選手の服装問題がそれである。
つまり若者の「規範の変化」についての是非が問題だった。漱石を読むとそういう会話も多いけど、まあ昔から繰り返される普遍的な話であろう。
ただ○○離れの話は「規範の変化」ではない。クルマに乗らない、酒を飲まないというのは「嗜好の変化」である。だから、企業にとっては重要な研究テーマだけれど、それ自体に「いいか悪いか」は関係ないのだ。
ところが、そうした現象は「深刻」であり、「若者の元気のなさ」や「コミュニケーション能力不足」とかいうキーワードで下手な味付けをされてニュースとして提供される。
結局、○○離れを「いけないこと」にしているのはマスメディアなのだ。