
僕が大学を受験する年の2月。毎日家で最後の追い込みをしている頃のことだった。
ホテルニュージャパンが焼けて、JALの「逆噴射」事件があった。
そして就職活動をしていた年の夏。たまたまサークルの仲間と飲んでいる時に、後から来た友人が言った。
「JALが落ちたらしい」
帰宅してテレビを見ると、大変なことになっていた。
受験や就活など、自分が追い詰められているような時に起きたニュースは、まさに「エピソード記憶」として良く覚えているものだ。JALの昨日のニュースを聞いて、改めてそう思った。
そして、入社して配属された東京ビルにはJALの本社も入居していた。地下の社員食堂、通称「JAL食」へも行った。
JALという会社に特段の感情はないが、こうした事態になると妙な感慨が湧いてくる。
JALはかつて広告においても一世を風靡していた。特に1960年代のグラフィックはいま見ても質が高い。自分自身が生まれる前か幼少の頃なので記憶にはないが、入社してから当時の年鑑で知った。
時代も追い風だった。
広告を作る際の「いい環境」というのは幾つか挙げられるのだろうが、もっともありがたいのは消費者が「下から目線」になってくれること。つまり「憧れ」というポジションを獲得できているということだと思う。
かつてのJALはまさにそういうポジションにあった。飛行機に乗る、そして海外に行くことはまさに憧れだった。しかし、その広告は節度が感じられて、それがまたトップブランドとしての風格を漂わせていた。