東京、というか日本の町名は戦後のある時期にどんどん変わってしまった。それでも、昔ながらの町名を色濃くとどめているのは新宿区である。地域住民の声が通ったそうだが、地名を安易に変えるのには抵抗がある。
僕の住んでいる町も、かつては桃園といった。町名はないものの、公的施設があり、桃園川もあるので、まだ名残をとどめる方だろうか。
今回のHP改装にあたっては、ビジネス関係のエントリーをもう1つの方に集中させたので、こちらは雑記のページとした。どうした名前にしようかと思ったが、住んでいる旧町名が何となく気持ちいいので、そのまま頂くことにした。ただ、会社を辞めて3年半となるが、このエリアに住み、自宅を職場にしたことは大変に幸運だったと思っている。
駅まで歩いて5分ほど。電車に乗れば5分とかからず新宿である。一方で、居所の周囲はいたって静か。ほぼ毎日、4〜50分散歩をするが、考え事をまとめるのにちょうどいい。主婦や年寄りや子どもたちの生活ぶりが実感を伴って伝わってくる。マーケティングの仕事をするには、丸の内や六本木より遥かに優れた立地だと思う。
戦前、思想家の北一輝が住んでいたのは、すぐ近くである。戦後には高村光太郎のアトリエもあったそうで、近所の寿司屋に尋ねると、先代はそのあたりの事情にも詳しかったようだ。また丸谷才一にも、桃園町を題材としたエッセイがあ
る。
一方で、桃園という町名の由来は江戸時代に遡る。将軍の鷹場だったそうであり、高台に八代将軍吉宗の命で桃が植えられたという。郊外の公園のようなものだったらしい。ちなみに線路の反対側は囲町。五代将軍綱吉が犬屋敷を置き、囲いを作ったのが由来である。
まあ、鷹とか犬とか、あまり人の住んでいないような場所だったのだろう。
雑科帳なので、何を書くかを決めているわけではない。気が向いた時に更新していくつもりである。