考えてみると本の紹介を書いたことがない。
理由はわからないけど、ネットが普及するにつれて、したり顔の匿名批評家が増えて、書評をするという行為が陳腐化していることが、生理的にイヤなのかもしれない。
毎日のように更新される書評で有名なブログのオススメ本を買ったこともあるが、クビを捻ることもある。連日「こんな素晴らしい本があるのか」というくらい驚き、どれも素晴らしく見えるけれど美辞麗句が明らかにインフレになっていると思う。
かと思うと、匿名の素人書評家の言も苦笑を通り越してもの悲しい。
ディクソン・カーの代表作に対して「素晴らしい」と言いつつも「残念ながら5つ星は進呈できない」と書いている評を、とあるオンラインショップのサイトで見た。
極東の匿名の読者に星を「進呈」いただけるとは、カーもきっと嬉しかろうが。
まあ、そんな世の中である。
で、新刊レビューと言うほどではないが、読んだ本、読み返した本などをタラタラ書いてみたいと思うけど、あまり仕事関連のものは書かないだろう。
で、昨年末に初めて読んだ本のことを書く。トレヴェニアンの「シブミ」である。
79年の作品で、日本での訳出は87年である。かなり前に絶版になっていた本だが、10年以上前に瀬戸川猛資氏の「夜明けの睡魔」で知って、古本屋で探したが芳しくなく、すっかり忘れていたのだが、昨年思い起こしてamazonで買った。簡単なものである。
広義のミステリーになるのだろうが、冒険小説とかスパイ小説に近いカテゴリーだろう。
悪の組織はCIAをも傘下におさめる「マザー・カンパニー」。
立ち向かう孤高の男は「シブミ」を体得した暗殺者。
この男が囲碁を通じて日本の心を身につけていく戦中戦後の話と、ぬ舞台となる70年代半ばを行き来して物語は進む。内容を真面目に説明するほど荒唐無稽度は上がる一方なのだが、絶版になった理由も分かるし、それを惜しむ声があるのもわかる気がする。
改めて思ったのだが、この舞台はオイルショックの前後、ミュンヘン五輪のテロの後の世界である。ということはまだ戦後30年。バスクを舞台にしていて地元の村民の雰囲気は別に現代でも通用しそうだし、登場人物もさほど古くはないようだが。
現代はさらにそこから30年経っている。でも解決していない構造は、この小説の時代と変わっていない。ガザの紛争などを聞くと、時代を超えた大きな問題が依然として横たわっていることを改めて感じる。