先週の木曜から金曜にかけて、軽井沢の先の方で一泊二日の合宿研修の講師をしていた。
終了は、17時過ぎ。この時刻の初夏の軽井沢から立ち去る、という選択肢はあまり考えたくなかった。翌日に特に所用もないので、旧軽井沢、六本辻付近のレストランに行って、小さなホテルに泊まることとした。
妻が、いろいろ所用があって、仕事の後の一人旅。
で、気づいたのだけど、そこから翌日にかけての行動って、書き連ねただけで、とても俗物、いわゆるsnobなことに気づいてしまった。
暖炉の料理を出すレストランで、ビールを飲みながら、ワカサギのフリット。赤のハーフボトルと、ビーフ。
酔い覚ましにホテルまで歩いて、1Fのカフェで、バーボンのソーダ割を飲みつつ、マスターと、「歴代軽井沢町長の本職と西○鉄道グループとの関係について」与太話をして。
翌朝は7時過ぎから旧軽井沢の万平界隈を散歩。
9時前にチェックアウトして、さあどうしようかと、とりあえず草津の温泉に向かう。
三笠ホテルから白糸の滝を抜けるルートは、素晴らしい天気で、こういう時はコンバーチブルが欲しくなる。
音楽はロッシーニの序曲集。
草津で一風呂浴びて、蕎麦を食べて再度出発。

内風呂だと、思いついたときに何度も入る。
こんなにのんびりできた宿も久しぶりだった。朝食も文句なしのバランスで大変に満足して鹿児島へ向かう電車に乗る。
鹿児島に来たのは中学二年の春以来である。もうすぐなくなる「はやぶさ」に乗って、やってきたのだ。一度ブルートレインに乗りたくて、祖父にせがんでやってきた。
昼頃の到着だったので海沿いにある奄美料理の店で「鶏飯(けいはん)」を食べる。温泉宿にとまった翌昼にはもってこいのやわらかい味だ。
今回はわかりやすい観光コースでノンビリしたかったので、仙巌園に行った。ここは薩摩島津藩の別邸で、まあ庭とか建造物も美しいのだが、猫神という小さな祠がある。秀吉の時代の朝鮮出兵のときに連れて行った猫を祭ったらしい。
この仙巌園で初めて知ったのは薩英戦争のリアリティである。ここでは幕末の時に集成館といって反射炉を作って、電気やガスなどの「工業化実験」をしていたのだ。
その工場群は薩英戦争の時に英国艦隊の砲撃を受けてボコボコにされちゃうのだが、これがまた「撃ってください」と言わんばかりの海沿いの立地。
ここに黒船が来て、ガンガン撃ち込まれればひとたまりもないだろう。薩英戦争という言葉は知っていてもこういうリアリティはなかなか感じにくいものである。
早めにホテルに行って、また温泉。韓国のプロ野球チームがキャンプに来ていた。夜は天文館のあたりで適当に入った店が結構当たり。その後、かつて鹿児島に勤務していた高校の後輩に教えられた店へ。地元の人が集まる気軽な店だが、楽しく過ごす。
少し天気が下り坂になってきていた。
九州へ行った。
2月の10日頃だったか妙に忙しい頃、合間を縫ってジムのランニングマシーンで走っている時に旅に行きたくなった。テレビでスポーツチームのキャンプをやっていたので「3月の始めに南の方に行く」というのはとても素敵なアイデアに思えた。
「春を先どり」というのか、こういうタイミングでの旅行はしたことがない。
帰宅して手帳を広げると3月に入って日曜から3日間の空白を発見。妻も賛同したので、宮崎に入って、鹿児島から帰るチケットを確保した。
2月は週末もろくに休めなかったので、あまり動き回らないような設定にして、レンタカーも最終日だけ。宮崎に昼から酒を飲んでダラダラと霧島まで電車で行こうというささやかな野望があったのだ。
到着した宮崎は南国のような暖かさで、早速鮨を食べて酒を飲んで、電車の中でも缶に入った焼酎水割りを飲んで、バスとタクシーで温泉旅館に行って、風呂入ってビール飲んで、メシ食ってワイン飲んで、また風呂入って...というプチ堕落な日になった。
五棟の離れだけの小さな宿の料理は、今まで食べた温泉宿の食事の中で圧倒的においしかった。「モダン懐石」というらしいんだけど、かなり洋の要素が入りながら、なんとなく旅館の食事として成立している。
国内旅行では街のホテルに泊まることが多いのだけど、旅館だと食事が選べないからそうする。立派なのはいいのだけど、後になって何を食べたか思い出せないこともあって温泉自体からも足が遠のいていた。
こんな宿が東京近郊にあったら、かなりの人気になるのだろう。(もちろん九州でも人気のようだが)
ちなみに風呂は部屋ごとに内風呂と露天、サウナまでもある。
う~ん。箱根に、とはいわないけど信州あたりにこんな宿があれば、通うんだけどなぁ。