2018年05月アーカイブ

本を読みのは好きだが、特に記録もせずにダラダラと読んでいた。「年に何冊くらい読むのか?」と言われても答えに窮していたのだけれど、じゃあ記録を取ろうかと思い、少し前から読み終わった日付とタイトル、著者名だけはエクセルに記録してみた。

その後になって、簡単な感想をSNSにメモして公開するようになると、「それだけの量をどうやって読むのか」と聞かれることも多い。読むのは早い方かもしれないが、別に速読はしていないので、普通の会社員よりは時間管理が自由なのが最大の理由かもしれない。

ただ、思いついたことをメモしておこうと思う。

■ 読むスピードの目安を決める

これは結構昔からやっていて、僕の場合「100頁1時間」が標準である。これより早い場合も遅い場合もあるけれど、ある程度ペースを気にしながら「ちょっと遅めだから気合入れるか」くらいの調整をしている

■ まとまった時間をとる

これが1番重要で、かつ1番難しいかもしれない。1時間あればいいのだけど、30分でもどうにかなるかもしれない。時間がコマ切れになるほど、そうした隙間時間は「スマートフォン」という名の虫が、バキバキと食っていく。多忙な人ならば、1週間単位で「読める日と読める時間」を予定しておくのがいいだろう。僕も忙しい時はそうしている。

■ 移動時間を見直す

少し早めに出て、各駅停車を利用して座って読む。座って読めないことを予期して、文庫本かkindleで読む本を決めておく。僕は複数の本を並行して読むので、「片手でも読める本」は確保している。また、最初に読む時はあらかじめ家で全体の10%を読んでから外で読む。いきなり電車でも読むと、入り込む前に到着したりするし。

■ 音を断つあるいは選ぶ

音楽を聞きながら読むことは多いし、小説とかだとBGMを選ぶのも楽しいけれど、、日本語の曲は避けるし、テレビはもちろんダメだと思う。人によっては大丈夫な人もいるらしいけど。あと、耳栓は持ち歩いていて電車で使うこともある。

■ 電源を切る

僕はスマートフォンを持っていない、というか一時期持っていたけれど、タブレットにした。別に不自由はないが、本を読む時は見ないようにしている。歴史のこととかついつい調べたくなり、いっぺん見ると延々とウィキペディアを眺めてしまったりする。
寝る前に読むこともあるが、その時は紙の本だ。寝室に電波の出るものは持ち込まないので。
こう書くと大したことは何もしてないけど、結局は「本読むぞ」という気合なのか。まったく説明になってないが。

 

ちなみに、本を読むことに力を入れるようになったのは、一時期スマートフォンを持っていたことと関係がある。あまりにも便利だが断片的な情報しか見なくなった時に、「まとまった何か」を読むことが、とても大切なことのように感じたからだ。

それは、仕事などに「役立つ」ということもあるけれど、それ以上になにかとても大切なことであり、「生きていくうえで」というと大げさで白々しいけど、きっとそういうことに関係しているのだろう。

断片化された情報は人にとって「命令」に過ぎないが、「まとまった何か」の前では、自由に考えて想像することができる。それは、旅のようであり、旅以上の体験だと思う。

 

※ちなみに「読書術」の本はたくさんあるけど、ああいう本を読んでる本好きな人に会ったことはない。ショーペンハウアーの『読書について』の新訳はお薦めだけど、むろん読書術の話ではない。とても面白いんだけど、しかし、この人は生きてる間は嫌われたんだろうなあ。