2019年08月アーカイブ

すごく簡単に書いちゃうと、「ロシア革命後にモスクワのホテルに軟禁された伯爵が、何十年もそこで過ごす間の、さまざまな人間模様を描いた作品」ということになって、全然面白そうではない。

ところが実際に読んでみると、これが素晴らしい作品なのだ。派手さはなく淡々と進む滋味あふれる作品、という感じでもあるのだけれど、時代を追うにつれて、限られた空間の中で起きるドラマは予想を遥かに超えてダイナミックに動いていく。

もちろんフィクションではあるけれど、時代背景は当然反映されている。伯爵が軟禁されたのも革命という現実からの出来事とされるわけで、その後もスターリンからフルシチョフに至る権力交代がストーリーにも投影される。

そして、この小説では味と音楽が、とても大切な役割を果たす。レストランなどでの食事の描写はワクワクするけれど、もちろん料理の説明が達者だというだけではない。「食べる時間の愉しみ」が、これほど素敵な小説は早々ないだろう。

音楽については、「あ、これは作者がクラシック好きなんだろうな」と思う描写だけじゃなくて、やがてはストーリーを大きく揺るがしていく。これについては、読んでのお楽しみだろう。

というわけで、何だか紹介が難しい小説なんだけれど、米国では大評判の一作で映像化も予定されているようだ。

ちなみに、ミステリー好きな人には特に強く薦めたい。もちろん「ミステリー」に分類される話ではないんだけれど、巧緻な伏線とその糸の織りなしの見事さは、ある意味ミステリー小説的な技巧であるし、「オオ!」と唸らせる要因にもなっている。

さらに、装丁も素晴らしい。小説は基本的にはkindleで読むんだけれど、これは本として手元においておきたい。そんな気分にさせてくれる小説も久しぶりである。

あと、登場回数は少ないけれど、あの可愛い動物も出てくるので、あの動物が好きな人にもたまらないだろう。これは、書影をよく見ればすぐわかるはずだ。

読むだけで、幸せになれる。小説ってそういうものだよな、と読んだ人なら実感できるはずである。