【読んだ本】御厨貴他編『舞台をまわす、舞台が回る 山﨑正和オーラルヒストリー』(中央公論新社)
オーラルヒストリー、つまり口述により歴史を検証するという方法論はすっかりお馴染みになって来た感じもして、その第一人者の御厨貴氏が3名を加えたチームで挑みかかった相手が山崎正和氏だ。

山崎正和の名は、若い人には既に縁遠く、また彼を知る世代にとっても、人によってその印象は相当に異なるだろう。劇作家にして批評家であり、大学の先生でもあったが政治にもまた深く関与していた。また「柔らかい個人主義の誕生」はマーケティングにおいても、重要な著作だ。

いま、専門領域の研究者はたくさんいるが、「知識人」あるいは「文化人」と呼べる人は思いつかない。氏の政治的立ち振る舞いは穏健な保守で、真の「リベラル」と言えるだろう。それにしても共産党まで含めた勢力が、いつの間にリベラルとか自称するようになったのか。そう名乗らざるを得ない革新勢力の迂闊さと、保守のしたたかさがまた浮き彫りになってくる一冊だ。

満州で過ごした幼年時代の凄絶さや、敗戦後の混沌。その話を読むだけで、知の土台となる経験の厚さがわかる。そして、「世阿弥」で注目を集めたのちに、時の佐藤総理の首席秘書官、楠田實から声がかかる。

それは学園紛争の時代であり、彼がその後もブレーンであったことはよく知られているが、本人が語る内容を他の資料と比べていくことで、改めて全体像もわかる。この辺りは相当に面白く、一級の戦後史だ。 >> したたかな保守と、迂闊な左翼。山崎正和が語る一級の戦後史『舞台をまわす、舞台がまわる』の続きを読む



政治家の失言はいろいろあるけど、それ揚げ足取りだろと思うものも多くてあまり気にはしてないし、書かない。でも、昨日の大西英男議員の「働かなくていい」は、相当ひどいと思った。というのも、その後の弁明が全く弁明になってない。

これ、もっと突っ込んでもいいと思う。

彼は、自分のウェブサイトでもこう書いてる。(このサイトも相当味わい深いが)

今回の発言は、飲食店における従業員の方の受動喫煙の議論をするなかで、「(喫煙可能の店で無理して)働かなくていいのではないか」との趣旨で発言をいたしました。

そして、これはがん患者に対してのことではない、と言っている。しかし、問題はそこじゃないと思う。疾病を抱えているかどうかにかかわらず、「喫煙可能な店くらいしか働く場所がない」人はどうするのか?という視点が全く欠けているんじゃないか。

まだ詳細は決まってないようだけど、自民党は小規模飲食店の喫煙を認めようとしている。その一方で、何らかの働き口を探していたら「そういう喫煙可能な店しかない」という状況の人のことを無視してないかな。 >> 大西発言は喫煙派のオウンゴール?の続きを読む



歳をとると時の経つのが早いという。いつ頃からとはわからないが、30代半ばくらいからジワジワそうなるんじゃないか。それは、自分も実感しているし「逆」という人は聞いたことがない。

そこまで皆が言うなら理由がわかりそうで、解明しようとした本もある。ただ、ここに書いてあるだけか?というと違う気もする。

そんな中である人が言ったことが気になった。

「定例の会議とか、恒例の行事で予定が埋まるからじゃないか」

これは、会社員特有のように聞こえるかもしれないが、たしかにそうかもしれない。いや、僕のようにフリーランスでも「定例」の仕事があるのでわかる。

毎年同じようなことをこなしていると、同じ景色のところをグルグル回ることになる。そのため、いつのことだかわからなくなり「記憶の深さ」のようなものが失われるのだろう。

僕はまだ自分で景色を変えることができる。つまり話す内容や、学ぶことを変えながら堂々巡りを防げる。でも、うっかりサボって後から焦ったりもする。 >> 会議が威張れば、会話は死んで、会社は止まる。の続きを読む



フィルハーモニア管弦楽団演奏会 指揮:エサ=ペッカ・サロネン

2017年5月18日 オペラシティ・コンサートホール

ストラヴィンスキー:葬送の歌 op.5 [日本初演] マーラー:交響曲第6番イ短調 《悲劇的》

サロネンを嫌うという人はあまり聞かないが、熱烈に好きという「信者」が多い印象も薄かった。来日した時の演奏を聴いた経験だと、「冷静なようでいて、気がつくと相当盛り上がる」タイプという感じで、一度聴くとファンになる人はいるんじゃないか。

というわけで、マーラーの「悲劇的」は相当期待して早めにチケットを入手したのだが、同じような人が多いのか、満員御礼。

男性一人の客が多いという、まあ後期ロマン派にありがちな雰囲気だ。

「悲劇的」は、なぜか最近よく聴く。2月のN響、3月の音楽大学フェスティバル・オーケストラに続いて今年3回目だ。

そして、圧巻。冒頭は、オケの調子も「ならし運転」的な感じもしたけれど、呈示部をリピートしたあたりから暖まってくる。サロネンは、結構左右に振れつつ弦には細かく指示を出すが、菅は「基本お任せ」という感じだ。もちろん、よくわかっている手兵だからスムーズに鳴る。
オペラシティのホールは、こうした大編成の曲だと”ウワンウワン”と響きすぎるという人もいて、たしかにそうした傾向はあるけれど、この日は気にならない。オケがコントールしているのだろう。 >> 建築家で大工で、そして解体屋。サロネンのマーラー『悲劇的』の続きを読む



三菱東京UFJ銀行から「東京」の名が外れるという報道が相次いだ。正式ではないが複数ソースが報じていて、おそらくそうなるのだろう。

今回の件のニュースでは「長過ぎる」ということも報じられているが、もちろんそれだけではないだろう。日本の銀行の行名変遷を見ていてくと、いろんな事情とおもしろいキーワードがあって、それは「財閥」と「英語」だと思う。

まず、財閥名だけれど、実は戦後に名を変えている。いわゆる財閥解体に伴うもので、三菱は千代田銀行、住友は大阪銀行、安田は富士銀行になった。三井はそれ以前に第一と合併して「帝国銀行」になっている。その後、結局袂を分かったので「帝銀」はあの事件でしか聞かなくなり、それもまた忘れられそうだ。

しばらくして、財閥名は復活するが「富士」のみは継続されて、その後「みずほ」となる。財閥名を残さなかったことも、まったく新しいひらがな行名を採用できた一因だろう。その後は安田火災も「損保ジャパン」になった。

一方で、住友とさくらが合併して時に「三井住友」になった時は、アッと思った。新行名どころか、太陽神戸を忘れるようにして三井が復活したのだ。当時、会社の先輩のCDが「なるほど……」と悔しそうにつぶやいたのを思い出す。保険も含めて財閥名を堅持しているようだ。 >> 銀行名には「日本の事情」が詰まってる。の続きを読む