それにしても「なぜ弱者を大切にするべきか」という理由をわかりやすく説明することは難しい。少なくても、「優しくしましょう」という情緒的な説得だけでは限界がある。

ただ、「弱者の視点で考える」ということは、相当に合理的だと思うので、ちょっと書き留めておきたい。

会社員時代に新人教育を3年間ほど担当したことがあった。その時にアタマの中でこういうコンセプトを持っていた。

「新人は会社の中で最も弱者なのだから、最大の資源を投入するべき」という考え方だ。

これは、実際にはほとんど口にしなかった。説明し始めると結構難しいのだけれど、学生時代にロールズなどの社会正義論を学んだこともあったので、自分なりに前からやってみたかったのだ。

結論的にいうと、この発想は正しかった。

何かの講義で、新人が「わかりにくい」というのは、よく研究すると話し手に問題がある。新人は知識面では最弱者だが、彼らに分かりやすく話せる人は外にいってもプレゼンテーションがうまい。

また、配属後に新人が行き詰ったりするときも、彼らが最弱者であると仮定すると、その組織の問題がよく見える。いろいろとうまくいってない組織は、いきおい新人にしわ寄せが行く。

つまり、弱者を基準に環境を最適化することは、全体にとっても最適化をしていくことになるのだ。 >> 弱者を大切にするのは合理的だと思う。の続きを読む



知り合いに、あちらこちらと食べ歩き、たいそう詳しい人がいる。それを半ば生業にしているので大したものだと思うのだけど、ちょっと言葉が危ういとことがある。

「あんな店、うまいという奴の気がしれない」

この手の言い回しがやたらと多い。会って間もない人、つまりお互いの好みもわからない人がいる前でもそんなことをいう。

食の好みは、人それぞれだ。とは言え、食べるだけでは満足できずに、評してランク付けまでする人もいる。

そして「ああ、あの店はちょっと苦手だな」といえばいいものを、なぜか客をまで貶めたがる。なんで、そうなるのかはわからない。ただ本人が気づかないうちに、相当友達を減らしているんじゃないだろうか。

何かへの好き嫌いは誰にでもある。ただし、そういう時に「それを好きな人」を攻撃する心理とは何なのだろう?

ポケモンGOのブームで一番面白かったのは、そういう批判をする人を観察できたことだ。 >> ピカチュウは、「文化人もどき」を教えてくれる。の続きを読む



41CUOTwtAGL2000年前後のことだけど、日本にはフランス系の「指導者」が相次いでやって来た。日産に来たカルロス・ゴーン、サッカー日本代表のトルシエ辺りは一般的にもよく知られているが、N響の音楽監督のシャルル・デュトワもそうだ。

みな信念のしっかりしたリーダーだ。ただしいまでも君臨しているのは、ゴーンくらいで、N響は後任にアシュケナージを選んだ。

別に指揮者としてすごく変なわけではないし、実績もあるけれど、なんだかガッカリした覚えがある。デュトワの強いリーダーシップに疲れたんじゃなないか?という印象を持った。サッカーの後任も含めて、まあその結果について今さら細かく書くつもりもないが。

いっぽうで、ピアニストとしては、20世紀後半において重要な存在だったと思う。いま聴いてみると、「こう弾くのは、できそうでできないんだよな」と思うことも多い。

最後にピアノを聴いたのは1998年の来日公演で、シューベルトのイ短調ソナタだった。その時に61歳だったが、今年は79歳。そんな齢になっているのか。 >> 正しく、深く、美しい。アシュケナージのモーツアルト。の続きを読む



2016_0724SP&0725B_sai-nyuko東京都交響楽団公演「都響スペシャル」

指揮:アラン・ギルバート

2016年7月24日 14:00

モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K.183(173dB)
マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

 

さまざまなクラシックの曲の中で、「この一瞬がゾクゾクする」というのは、人によって違うと思うんだけど、自分の中でもっとも好きなところの1つが、マーラーの5番のフィナーレに入るところだろうか。

ホルンの動機からファゴット、そしてクラリネット、やがて弦楽器が厚い音を奏でるまでの独特の解放感がたまらない。

霧の中から、黄金色の光が差してくるような一瞬だ。

ただこの日の解説にも「勝利」という言葉が使われているが、どうもそれには違和感がある。

ベートーヴェンのような凝縮感のあるフィナーレとは対極で、さまざまなモチーフが明滅するように現れてくる。何色もの糸が気ままに放り出されていくようで、気がつくと絶妙に編みあがっていくような構成とオーケストレーションも素晴らしい。

今日も、その一瞬を想像しながらホールに行ったが、驚くほどにいい演奏だった。

この日のギルバートの音作りは、弦を基盤にしてキッチリとアンサンブルを積み重ねていくアプローチだった。大向こうをうならす「爆演系」ではないけれど、気がつくとフィナーレの最後では相当の盛り上がりになっている。

オーケストラの主体性を引き出していく音作りで、長いフレーズでゆったり歌わせる。管楽器の能力をきちんと引き出すから、トランペットやホルンも相当の水準だった。単にうまいのではなく、歌が聴こえてくる。

直前に予定が空いてフラリと行ったのだけど、それでこういう水準の演奏が普通に聴けるというのは、東京の楽壇って層が厚くって質が高いんだなと改めて思った。

一曲目のモーツアルトの集中力で、いい演奏会になりそうな予感があったけど、アラン・ギルバートはニューヨークフィルも円満退任のようだし、都響が定期的に演奏できればなあと妄想する。彼のように、音を積み上げるタイプの指揮者は日本のオーケストラの潜在能力を引き出すと思うのだ。

夏休みでコンサートが少なくなる前の、いい出会いだった。



日経ビジネスオンライで連載を始めた「ここで一息 ミドル世代のキャリアのY字路」が4か月になった。隔週金曜日で今日も更新なのだが、慣れるまでは毎週書いているような気がする。というか、今でも慣れきってはいないのだけど。

締め切りが前週の木曜日で、そこから校正のやり取りをする。そして、掲載されてホッとすると、次まで1週間もない。毎週連載している方などは、ほぼ毎日何かを書いている感覚なのだろう。

連載自体は「ミドル世代」に焦点を絞っている。若い頃のキャリアは、比較的直線的だ。まずは、与えられた仕事で一流になることに夢中になるだろう。もちろん会社を辞めたりすればそれは相当のY字路経験ではあるけれど、基本は成長基調にある。

ところがミドルの場合は、いろいろだ。明らかにラインを外れるようなこともある。ところが、そのように見えながら、実は会社はもっと深いことを考えていることもあり一筋縄ではいかない。

成長期と異なり、出向からの「返り咲き」も当たり前で、むしろ多様なキャリアパスの中から次代のリーダーを選抜していこうとする動きも強い。ところが、勝手に早合点して自分の未来を決めつけてしまうケースもある。

一方で、独り相撲で迷路に入ることも多い。自分の仕事の意味や会社からのミッションについて、妙に考えすぎてしまう。その結果、いろいろ悩んで心の健康に障る人もそれなりにいる。 >> ミドルの悩みは「多すぎる情報」が原因だと思う。の続きを読む