2017年05月アーカイブ

【読んだ本】シェリー・タークル著/日暮雅通(訳)『一緒にいてもスマホ SNSとFTF』(青土社)

新しい道具が普及するときは、抵抗にあうことが多い。

クルマも電車も忌み嫌われていたし、多くの電気製品だってそうだ。デジタル関連のデバイスも同様だけど、一定以上普及するとその道具を称賛する人もあまり見なくなる。

スマートフォンが出たときは、熱烈な興奮があったけれど、いまは当たり前の道具になった。

そして、どこかで「これでいいのか」と思っている人も多いのだろう。だから「スマホ中毒」「スマホ依存症」という言葉が出てくる。英語ではsmartphone addictionで、つまりこれは世界中で注目されているのだ。

だから、米国MITの研究者がこうした本を書くのも納得できる。彼女はもともとはネットの可能性を賛美していたが、考えを変えるようになった。それはTEDにおける彼女のビデオを見ればわかるのだが、この本はそこに至るまでの研究がまとめられている。

原題は「RECLAIMING CONVERSATION ~The Power of Talk in a Digital Age」で、邦題のFTFはFace to Faceだ。 >> 『一緒にいてもスマホ』というタイトルが気になったら、ぜひ。【書評】の続きを読む



考えてみると、「美術と音楽」というのは授業科目では対になっているようだけれど、普通に生活している時の存在は結構違う。

最近になってまた事情は違うかもしれないが、多くの人にとって音楽は日常的な愉しみで「好きなミュージシャン」と言えば、一人は挙げられるだろう。一方で「好きな美術家」をすぐ言えるかというと、それは人によると思う。

「ミュージックステーション」と「新日曜美術館」の違いとも言えるし、「カラオケ行こう」と言えば人は集まるけど、「じゃあ二次会で絵を描くか」という話は聞かない。まあ、そういう状況設定に無理があるのは承知なんだけど。

で、最近になってというか、もう10年くらい「アート」は賑やかだ。かつては、ミドルというかシニアの女性が印象派の展覧会に群がっていたイメージだったけれど、いまは年代も幅広い。

もしかしたら百貨店美術館がなくなって、展覧会としての企画をきちんと考えるようになったのかもしれないし、ネットでの広がりも影響しているんだろう。 >> 草間彌生とミュシャに見る「大きさの絶対値」。の続きを読む



先週話題になっていた日経の記事で『「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査』というのがあった。有料会員でなくても読めることもあり、話題になっていたようだけど、「そうだったのか!」というよりも、どこか引っかかる。

記事を整理すると、こういうことだ。

  • ギャラップ社の調査では「熱意あふれる社員」は6%で、米国に比べて低い
  • その上で「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%で、「やる気のない社員」は70%に達した。
  • この傾向について来日したギャラップ社の社長にインタビューして、彼が言うには「部下の強みが何かを上司が理解すること」が大切、ということだった。

ギャラップというと世論調査のイメージが強いけれど、人事コンサルティング分野にも注力している。そして、EMPLOYEE ENGAGEMENTというサービスを提供しているのだが、このエンゲージメントの強さを見極めるための調査を各国で行っていて、その結果をもとに先のようなコメントになったのだ。

で、この調査だけれどQ12という12の質問からできている。いたってシンプルで、その内容は検索するとすぐに出てくる。たとえば、このページ

もっとも、ギャラップのウェブサイトでも英語で見られるのだが、つまり「従業員の答え方」によって、相当変わる。実際の行動から「熱意ある社員」を引っ張り出してきたのではなく、調査で「判定」しているのだ。

さて、日本人はどう答えるか?というか、この質問に対しては、国民性も出るわけで「まあ、そこまでじゃないよな」という「照れ」のようなものがあれば控えめになるかもしれない。

たとえば「自分の会社の使命や目標は、自分の仕事を重要なものと感じさせてくれる」って、どう答えるかな?「 この半年の間に、職場の誰かが自分の進歩について、自分に話してくれた」というのも、どうなんだろう?
国民全体が自己啓発に溢れる米国とは、ちょっと異なる結果になりそうだ。あと、日本では「社畜」とかいう言葉が出るくらいで、高度成長時代の反動があり「会社と社員の距離」をおいた方がいい、という意識もあるんじゃないだろうか。
「日本人は」という国際比較は、みんな大好きなわりにその本質を突っ込んで議論することは存外に少ないと思う。たとえば「集団主義」についてもいろいろな研究がある。そして、そういう「日本人ってこうだよな」という自意識が調査にも影響するかもしれない。

今回のデータの出典が記事ではわからないが、少し古い、”State of Global Workplace”という2013年発表のレポートはギャラップからダウンロードできる。これだと日本の場合は先の三段階は、「7-69-24」で今回の記事とほぼ同じ。ちなみに中国は「6-68-26」だ。高い国はパナマの「37-51-12」やコスタリカの「33-53-14」となる。う~む。

そして、ちょっと気になるのは、このギャラップ社についてのことだ。

  • 「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」だが、元のレポートでは”Actively Disengaged”だ。この日本語はどうなんだろうか。偶然なのか、僕はそういう人を殆ど見たことないが。
  • ギャラップ社の商品にStrength Finderというものがある。つまり、先の社長の「強みを見つけよう」という発言はこの商品のプロモーションにも読める。ちなみに「ストレングス・ファインダー」という本の版元は日本経済新聞出版社だ

そもそも仕事において、あの調査で言われる「熱意」が必要条件なの?とか茶々を入れたくもなってくるんだけど。

「話半分」という、なんとも日本らしい言葉があるけれど、、この記事自体になんというか、「不思議なにおい」を感じるのだ。



このくらいの季節から、段々とすっきりしたスピリッツが飲みたくなって、ジンにライムを絞って飲んだりしていたのだけど、ふとしたきっかけでウォッカにしてみた。

学生時代にはよくウォッカを飲んでいて、それは単に安かったからだと思う。ストロワヤとかだったけど、考えてみれば「ソ連」の酒だ。そして、最近は欧州の各地でウォッカがつくられていて、プレミアムウォッカと呼ばれるカテゴリーも生まれてきた。

そのきっかけというのは、『誘うブランド』という本を読んだことだ。ブランドを巡る心理面からのアプローチの本だが、冒頭に2つのウォッカのブランドについての消費者リサーチの話がある。

そこに出てくるのが、グレイグースとケテルワンというウォッカ。読んでいるうちに飲みたくなり、ちょっと迷ってグレイグースを選んだ。

昔に、というか現在でも飲める普通のウォッカとは全く違う。酒として、というより液体としての完成度が高い。ストレートで、そのまま口に含んだ時のまろやかさに驚く。 >> プレミアムウォッカの危ないまろやかさ。グレイグースの続きを読む



【読んだ本】御厨貴他編『舞台をまわす、舞台が回る 山﨑正和オーラルヒストリー』(中央公論新社)
オーラルヒストリー、つまり口述により歴史を検証するという方法論はすっかりお馴染みになって来た感じもして、その第一人者の御厨貴氏が3名を加えたチームで挑みかかった相手が山崎正和氏だ。

山崎正和の名は、若い人には既に縁遠く、また彼を知る世代にとっても、人によってその印象は相当に異なるだろう。劇作家にして批評家であり、大学の先生でもあったが政治にもまた深く関与していた。また「柔らかい個人主義の誕生」はマーケティングにおいても、重要な著作だ。

いま、専門領域の研究者はたくさんいるが、「知識人」あるいは「文化人」と呼べる人は思いつかない。氏の政治的立ち振る舞いは穏健な保守で、真の「リベラル」と言えるだろう。それにしても共産党まで含めた勢力が、いつの間にリベラルとか自称するようになったのか。そう名乗らざるを得ない革新勢力の迂闊さと、保守のしたたかさがまた浮き彫りになってくる一冊だ。

満州で過ごした幼年時代の凄絶さや、敗戦後の混沌。その話を読むだけで、知の土台となる経験の厚さがわかる。そして、「世阿弥」で注目を集めたのちに、時の佐藤総理の首席秘書官、楠田實から声がかかる。

それは学園紛争の時代であり、彼がその後もブレーンであったことはよく知られているが、本人が語る内容を他の資料と比べていくことで、改めて全体像もわかる。この辺りは相当に面白く、一級の戦後史だ。 >> したたかな保守と、迂闊な左翼。山崎正和が語る一級の戦後史『舞台をまわす、舞台がまわる』【書評】の続きを読む