2020年01月アーカイブ

フィルハーモニア管弦楽団 来日公演  

2020年1月23日(木) 19:00 東京芸樹劇場コンサートホール

ラヴェル:組曲『クープランの墓』/シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47/パガニーニ:「うつろな心」による序奏と変奏曲より”主題” (ヴァイオリンによるアンコール) /ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』

指揮:エサ=ペッカ・サロネン/ヴァイオリン:庄司紗矢香/フィルハーモニア管弦楽団

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ああ、すごかった。

「春の祭典」もこれだけ演奏されて、オーケストラにとっては普通のレパートリーになって久しいけれど、そうなるほどに「ハイ、できました」という感じの演奏も増えている感じがする。かと思うと、「いやあ、やっぱり難曲だよな」としみじみさせてもらうようなこともある。別に、この曲でしみじみしたくないのに

サロネンとフィルハーモニアのコンビは、一昨年のマーラーの6番や、その前の「巨人」も聴いている。オーケストラは繊細で力強くで、オルガンのようにキッチリと鳴るブラスセクションが、近代の曲ではことさらに「やるなあ」という感じがしていて、「春の祭典」も期待したけど、本当に想像以上の音楽だった。

このコンビの音は「立派」なんだけど、単に立派だけのオーケストラは聴いているうちに「感心」で止まってしまう気がする。ところがサロネンは、結構積極的に音楽を動かしていく。自らも作曲するということで、理知的なイメージが先走るけど、そういうわけではない。

聴くたびに思うけど、曲が進むといい意味で「自分を抑えきれない」感じがジワジワ出てきて、それをフィルハーモニアが「でしょ!」という感じで応えていく。

眼の前には、そびえ立つ立派な大伽藍。ところが、その伽藍がガンガンと踊りだしていくような驚き。

今日はあの豪華なパイプオルガンが見えないようなセッティングだったけど、もしあったらオケの咆哮に合わせて「シュパー!」とか煙出してもおかしくないような雰囲気だった。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲は、チェリストの病欠で直前の曲目変更だったけど、庄司 紗矢香はダイナミックで自在な素晴らしいソロを披露して、バックもていねいにつけていた。アンコールのパガニーニの時に、ジッと聴いている団員の雰囲気を見ても、とてもいい信頼関係があるんだなと思う。

帰宅してからtwitterを見ると「サロネン様」という書き込みが目立つ。近年、他の指揮者で「様」がつく人はそうそういない気がして、なんか一文字の敬称でそのポジショニングがわかってしまうって、日本語はすごい。たしかに、彼はスターウォーズとかの戦隊モノに登場して、相当アクロバティックな兵器でビシバシと勝利していきそうな存在感がある。

ちなみに帰りのロビーでは、これからの公演チケットに客が列をなしていて、それがこの夜の出来栄えを表しているようだった。



「無限」という概念は、ちょっと考えると気が遠くなり、さらに考えると頭がクラクラする。もう、それが文系脳の限界だと思っていた、、だから、このタイトルを見ると、もうそれだけで不安になるんだけれど、物理学者である著者もその辺りはちゃんとわかっているようで、第一章は「気が遠くなる大きさ」となっていて、ちょっとホッとする。

そして、「無限の本当の意味を考えると頭がクラクラするような結論に導かれる」と書かれていて、多分この「クラクラ」は僕のクラクラとは水準が違うような気がするのだけれど、このタイトルの問いは、それくらいの難題だということだろう。

完全に内容を理解しないで評するのも変だとは思いつつ書いているんだけど、この本は「無限」という概念との付き合い方やその歴史が述べられていて、それがとても興味深いのだ。そして「無限」の概念の扱い方が物理学と数学で異なることも、初めて知った。

「数学の世界では別だが、物理学では普通無限大というものを有限の数が大きくなっった極限として扱う」ということなのだ。その後の説明にあるように、たしかに物理学は測定できる数値を求めるのだから無限の扱い方が数学とは異なる。

一方で、数学的な実無限という視点だと、別の議論が起きてくる。たとえば「自然数全体の集合」と、「整数全体の集合」を比べてその要素の数はどちらが大きいか?というテーマが出てくる。

整数はゼロも負の数も含まれるので、「一見すると整数全体の方が自然数全体よりも多そうだ」ということになりそうだけど、そうはいかない。 >> 【書評】『宇宙は無限か有限か』というクラクラする話。の続きを読む



[この内容は先日青山学院でおこなった講義の最終回で学生から就職活動を含む広い質問を受けた時に答えた内容です]

 

会社選びの基準、というのはたくさんあります。まず「やってみたい仕事」はもちろんだし、待遇も重要でしょう。その企業の業績や将来性、あるいは社風などもあります。

そんな中で最近、私が気にしているのは「女性がイキイキとしているか」という視点です。そういう会社は女性にとってだけではなく、男性にとっても「いい会社」だと思うのです。

なぜか?結論からいうと、そういう会社は「環境変化を先取りして動いているから」ということです。それは、企業が成長する上で欠かせない条件です。

さて、具体的に考えてみましょう。たとえば女性が働いていくうえで「産休」「育休」ということは、大きな課題の1つです。多くの企業が制度を整えていることは知っていると思います。男性の育休も話題になりますが、産休も含めてまずは女性の環境を考えることが大切です。

ただし、単純に考えると企業としては出産や育児のために貴重な戦力を一時的に失います。敢えて「戦力」と書いたのは、そういう発想をしている人が多いからです。そういう考えだと、その「戦力」を埋めようということになり、当然周囲の誰かが肩代わりする。あるいは、そうした休暇を見越して増員する。そうすれば結果的に生産性が下がることもあるでしょう。 >> 【青学講義覚書】会社選びでは「女性がイキイキしているか?」が大切。の続きを読む



昨年夏に出た本なんだけど、タイラー・コーエンの『大分断』は、現代が”The Complacent Class”で、これはサブタイトルのように「現状満足階級」という意味だ。この本では、こうした階層が米国で増加して、その結果過去に比べて「おとなしく」なっていて、実は起業も減り、移住や転職も少なくなり、暴動も減って、つまり全体として「おとなしく」なったことへの危惧が論じられている。

そしてよりダイナミックな社会として中国が比較対象になるわけだけど、じゃあ日本はどうかというと、わざわざ日本語版序文でしっかり言及している。「日本は『現状満足階級』の先駆者だ」と書かれていて、もうこれは褒め殺しかと思ってしまう。

日本の経済的快進撃は止まっても、レストランの水準は上がり、デザインも洗練されたという。アッと思ったのは「クラシック音楽愛好家のレベルの高さでも日本に勝る国はそうない」という記述だ。おそらく筆者は日本に来てコンサートを聴く機会でもあったのだろうが、これは来日演奏家が世辞ではなく言うこともある。

まあ、褒め殺し感はさらに強まるんだけど、それはそれとして、この本で気になったキーワードの1つが、「カウンターシグナリング」という言葉だ。

説明は、こんな感じ。

「アメリカの富裕層は最近、いわゆる『カウンターシグナリング』により自らの社会的地位をアピールすることが多くなった。カウンターシグナリングとは、『わざわざ社会的地位をアピールするまでもない』ことをアピールする行為のことだ。」 >> 『大分断』の「カウンターシグナリング」という言葉が気になる。の続きを読む



このタイトルを目にした時、どんな感想を抱くだろうか?悲しみや笑い、あるいは怒りなどの情動は、外からの刺激に対して内から沸き起こり、それはまた、「ある程度」共有できるものと考えるのではないだろうか。

芝居や映画を見て、同じようなところで笑い、あるいは涙する。それは海外の作品だったり、数百年前の脚本であったりもする。そういう時に、ついつい人間の情動は時代や国境を越えた普遍性を持っていると思うこともあるだろう。

ところが、注意深く見れば笑いの沸点が低い人もいれば、いつまでもムスッとしている人もいる。悲しい場面でも、全員が泣くわけではない。

いろいろと思い出していけば、そうした情動は実体験や、触れて来た文化などの文脈によって決まっているのではないか?と感じることもある。

本書は、「古典的情動理論」に真っ向から異を唱える。この古典的情動理論は「怖れ・怒り・悲しみなど人間の情動は普遍的である」という考え方だ。その根拠になった実験は、いろいろな表情の顔写真を見せて、その顔写真にもっともふさわしい言葉を単語の選択肢やストーリーと合致させるというものだ。

そこでは、研究発祥の欧米のみではなく世界のさまざまなエリアで実証されたという。

しかし、本当にそうなのか?実は何十年も権威をもってきたこのエクマンの実験については、昨年「日本人には合致しない」という研究結果も発表されている。

そして、そもそもこの古典的情動理論のフレーム自体に異を唱えて、「構成主義的情動理論」を唱えるのが筆者の立場だ。

情動はもともと人に備わっているものではなく、その文化の中で育まれていく。たとえば日本語の「ありがた迷惑」や、ドイツ語の「シャーマンフロイデ」に当たる言葉は英語にはなく、似たような例は世界中にある。

にもかかわらず、感情をいくつかに分類して、それが人間の本質であるという発想を強く批判する。 >> 【書評】『情動はこうしてつくられる』はマーケターにとっても大切な本。の続きを読む