「圧迫面接」の正体。
(2014年3月4日)

カテゴリ:キャリアのことも
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たしかに、そういう面接はあると思うんだけど、実は2種類あるような気がする。

1つは、意図的にプレッシャーをかける面接だ。いつ頃の就活からか、2000年前後だと思うのだけれど、ちょうどこの頃に人事では「ストレス耐性」という言葉が使われるようになった。

つまり、「タフな人がほしい」ということだ。

ただし、こういう面接を意図的に行っていい人材が採れるか?というと疑問に思う。

学生を嫌がらせても、その学生の「普通の姿」はわからない。面接というのは、できる限り「普通の姿」を引き出せることが大切なはずだ。つまり面接対策で、対応されるような小手先の質問では本当の姿をつかめない。

こういう極端な面接をしつこく行う会社は、どこか根っこでおかしいのでは?と疑ってもいいと思う。

で、重要なのはもう1つの「圧迫面接」。それは、学生の心の中にある。もう少し正確にいうと、学生が「圧迫」と定義してしまう面接だ。面接する側は、普通にしていても学生が「圧迫」と思う。それをネットに書き込む。それが、心象となるパターンである。

実際に話を聞くと、学生の方が、思い込みからプレッシャーを感じていることがかなり多い。試験であれば、一定のプレッシャーは当然で、そういうことは以前からある。

というか、試験というのは大なり小なり「圧迫」との戦いのはず。

学生から見れば、圧倒的に経験のある年長者から質問されるのは、大変だ。しかし、それを乗り切ることで、道が開ける。それは、別に就活でなくたって、以前からそうなんじゃないかと。

「おそれながら、申し上げます」

って、時代劇じゃないけど「申し上げた」から、何かことが動いていく。その繰り返しだ。

でも、「あの殿様、圧迫だよな」とか言ってたらやっぱ言ってる方がダメなんじゃないかとも思うわけで。

じゃあ、なんでこんなこと書くのか?

それは、「圧迫」と自分で定義した時点で、「人のせいにする」癖がつき始めるからだ。「あの面接は圧迫だから、落ちても仕方ない」みたいに、一度人のせいにすると、止まらなくなる人がいるからなのだ。

そして、ネットを見る。そこには、「人のせい」にするための理由が溢れている。これは、就活における悪循環なのだ。

というわけで、少々「圧迫」を感じたら、ぜひぜひ、押し返してほしいと思ってる。