【音の話】復活祭までの四旬節に、マタイ受難曲。
(2016年2月20日)

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51D3RBCYRKL都市伝説の類で真偽を確かめたわけではないが、かつて英国小説の訳でこんな感じの一文があったという。

「彼はレコードに針をおろして、“ジョンの情熱”のメロディーに耳を傾けた」

さて、“ジョンの情熱”というポップスはあるかもしれないが、どうも怪しい。実はバッハの「ヨハネ受難曲」だったというのがオチなのだ。ヨハネ受難曲はJohn Passion、受難曲は英語でpassionとなる。そんなタイトルの映画もあったと思うが、まさにキリストの受難と磔刑を描いていたはずだ。

どうして、passionにそういう意味があるのか?というのを調べるといろいろ出てくるだが、結構複雑なのでここでは細かく触れない。

ちなみに、今は復活祭(イースター)に向けた四旬節の真っただ中だ。四旬は40日だが、日曜を除くので実際は46日間。復活祭は春分の日以降の、最初の満月の次の日曜日なので、今年は3月27日。

受難曲はこの季節に演奏会が開かれることが多い。そして、取り上げられるのは「マタイ受難曲」だ。ただし、ついつい聴く機会を逸する。年末の第九のように、あちらこちらでやってるわけではない。日本では年度末の時期にあたるし、気がつくと「ああ、終わってた」ということになる。今年は行く予定だが。

マタイ受難曲は、マタイによる福音書を題材している。ものすごく大雑把にいうと、聖書の言葉に曲をつけて、適宜加筆しながら全体を構成したものということになる。最後の晩餐、ユダの裏切り、ペテロの否認と有名なシーンが続く。

こう書くとわかりやすそうに見えるが、なんといっても題材が受難だ。聴く方にも、それなりのエネルギーがいることはたしかだ。

ただ、ふとしたきっかけでつき合い方が変わった。

10年ほど前だが、朝6時頃にFMをつけたらマタイ受難曲を演奏していて「朝から暗いんだよなぁ」と人に話したのだが、その相手はたまたまバッハに精通していた。そして、不思議そうに「そうですかぁ?」と言ったのだ。

たしかにそうなのだ。その後仕事をしている時や本を読んでいる時など、「なんとなく」マタイを聞くようになった。本当に素晴らしい音楽だ。しかし歌詞を聞いてるわけではない。

しかし、「何を言ってるかわからない」ということは、ある意味幸いでもある。この音楽は、そもそも圧倒的に美しい。この「受難曲」という言葉の響きが災いしているのかもしれないが、知らずに聴けば管弦楽と声楽が精緻に立体的に構成された、美しい響きの音楽だ。

そして四旬節には、もう一度対訳を見ながらきちんと聞いてみて、時には生演奏にも行ってみる。そんな「マタイ」とのつき合いもいいかもしれないと思う。

録音は山ほどあるが、そうした「軽めのつき合い」から入るならレオンハルトがいいのではないだろうか。受難曲という先入観にとらわれずに、音楽の世界にスッと入っていける。日本人演奏では圧倒的に抜きん出た鈴木雅明とBCJもいいと思う。また近代のオーケストラ曲が好きな人には、クレンペラーが馴染めるかもしれない。相当重厚だが。

マタイ受難曲は、西洋音楽の最高峰と言う人もいるくらいだが、クラシック好きでも遠ざけてる人は相当多い。

でも、この曲を知らないというのは本当にもったいないことだ。と、最近になってやっと感じるようになった。この季節に耳を傾けてみてはどうだろうか。