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2013年11月5日 サントリーホール
パリ管弦楽団 演奏会
シベリウス: 組曲『カレリア』 op.11
リスト: ピアノ協奏曲第2番 イ長調 S125
〈アンコール〉
ラヴェル :『クープランの墓』から「メヌエット」
サン=サーンス: 交響曲第3番 ハ短調 op.78 「オルガン付」
〈アンコール〉
ビゼー:管弦楽のための小組曲op.22『子供の遊び』より「ギャロップ」
ベルリオーズ:『ファウストの劫罰』より「ハンガリー行進曲」
ビゼー:オペラ『カルメン』序曲
ピアノ:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ
オルガン:ティエリー・エスケシュ
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
パリ管弦楽団
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パリ管を聴いたのがいつ以来だったのか、なかなか思い出せない。確実に記憶しているのは1985年にパリで聴いたことだ。バレンボイムのスクリャービンで、まだ僕は大学生だった。
おそらく、それ以来だと思う。つまり、「ほぼ初めて」ということだろうか。フランス放送響は幾たびか聴いているのだけど、パリ管はなぜか縁がなかった。
一曲目から少々驚いたんだけど、ヤルヴィという人は本当に律儀だ。カレリアが、あまりに立派で、堂々としていることに少々驚いた。
かなり、ズッシリした前菜。しかし、ソースはくどくない。このコンビ、どうやら絵にかいたようなフレンチ・テイストではなさそうだ。
リストは、ピアノが精妙だけど軽やか。チェロのソロとのアンサンブルは、本当に印象的だった。2番のコンチェルトを聴く機会は少ないが、重すぎず、まとまりもあって、もちろん華やか。この日の演奏の中で、ある意味もっともフランスらしさを感じたようにも思う。
そして、サン=サーンス。
こういってしまうと身も蓋もないけれど、この曲はプロフェッショナルが真っ当に演奏すれば、必ず盛り上がるようにできている。だから、聴き終ってしばらくするとフィナーレの印象ばかりが記憶に残ることが多い。

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2013年10月28日 サントリーホール
ヨーヨー・マ チェロ・リサイタル
A.A. サイグン パルティータ
J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV.1007
M. オコナー アパラチア・ワルツ
J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV.1008
(休憩)
G. クラム 無伴奏チェロ・ソナタ
J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV.1009
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そもそも、バッハの「無伴奏」は、どんなシーンで、誰のために演奏されることを想定していたのだろうか。「無伴奏」に限らず、バッハの世俗曲を聞くとそんな想いが頭をよぎる。
そして今回の来日公演で、ヨーヨー・マのコンセプトは明快だったと思う。
「無伴奏チェロ組曲をコンサートで奏でるための最良の方法」を、考え抜いたのだと思う。
プログラムは、上記のとおり。サイグンとオコナーの後は、休みなくバッハへと入っていく。クラムの後は拍手を受けたが、座るやいなや、ざわめきの中をあの下降音階が駆け降りる。
つまり、バッハ以外の曲が、バッハと一体となって奏でられる。その結果、これば紛れもなくライブであることを実感できるのだ。
「無伴奏」の6曲は、上等な肉を部位ごとに6皿出すようなものだ。おいしいが、続けて食べてどうなんだろうという感じもある。そこに、絶妙の前菜を組み合わせた。
無伴奏だけをひたすら聴くと、曲を聴くのではなく「バッハ」という存在の重みを、良くも悪くもずっしりと体験することになる。しかし、その束縛から解放されたことで、それぞれの曲の、軽やかさやダイナミズムが浮き彫りになった。

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2013年10月11日 歌舞伎座 夜の部

歌舞伎座新開場柿葺落 芸術祭十月大歌舞伎
通し狂言 『義経千本桜』
四幕目 木の実 小金吾討死
五幕目 すし屋
六幕目 川連法眼館
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213-201310kabukiza_b03.png今春に新開場となった、歌舞伎座に初めて行ってきた。開館当初は慌ただしそうだったのだが、そろそろ落ち着いたかなと思って先月末に空席を調べたら、おそろしくいい席が空いていた。いわゆる「とちり」の列で、ほぼ中央。
柿葺落公演ということで、秋からはわかりやすい人気演目が並ぶ。11月も12月も忠臣蔵というのは少々驚くが、こういう機会でもないと大物の並ぶ演目はそうそう見られない。
この日も、仁左衛門の「いがみの権太」と菊五郎の「忠信/源九郎狐」が客席を沸かしていて、こうなると舞台自体について特に書くこともない。「とてもよかったです」と子供の感想文の域を出ないわけで、そもそも歌舞伎自体はコンサートや落語ほどに接していないので、何か評するには圧倒的に経験が少ないのだ。
そういわけで、今回は舞台の外のお話など。
まず、エントランスから座席周りは本当に良くできていると思う。特にシートの前後のピッチが広くなったのはありがたい。新しいホールがゆとりあるかというとそうとも限らない。東京宝塚などはかなり窮屈だ。
素晴らしいと思ったのは、音。セリフも義太夫も、楽器の音もバランスがいい。これも新しいからいい、というわけではなくてカテゴリーは違うが渋谷のシアターオーブなどかなりひどい。先の東京宝塚もそうだが、複合施設のホールはどこかに無理がある。そういえばオーチャードもダメだ。そもそも東急はまともなホールを作れないのだろうか。
話が、逸れた。

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(2013年9月30日)

カテゴリ:見聞きした

2013年9月28日 14:00 青山劇場
立川談春 独演会2013「デリバリー談春」
『厩火事』
(休憩)
『たちきり』
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久しぶりに談春を聞いた。遠ざかっていた理由は単純で、大きなホールでの会が多かったからだ。今回の青山劇場は1200人ほど。人気があるのだから、ホールが大きくなるのは仕方ない面もあるが、その辺りは聞く方にとっても悩ましい。
しばらく遠ざかっていたが、改めて聞くと、唸ってしまう。
ただし感心して唸るのではなく、「う~む」と首を捻るような唸り方である。いかにもオヤジ臭くて申し訳ないが。
一席目の「厩火事」だが、僕は最後まで話に入れなかった。理由は簡単で「お崎」という女性が、全然見えてこなかったからだと思う。
夫婦げんかが絶えず、相談を持ちかけてくる女房で、突拍子もないが憎めない。愚かな所もあるが、どこか「可愛い」というのが、この役どころだと思っていた。
談春のお先にはこの可愛らしさがどうしても滲んでこない。ややわがままで、下手をすると「うざい」女に聞こえてくる。
途中で彼女がかなりの突っ込みを入れるのは、この噺のお約束だが、今回の流れだと途中からは単に「客を笑わせるための道化」のような役回りになっている。
落語というのは恐ろしいもので「何か、違うな」と思うともう入れない。結局、僕はこの噺でほとんど笑うことはなかった。

>> 談春はどこへ行くのか。の続きを読む



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ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル
4月21日 サントリーホール
スクリャービン: ピアノ・ソナタ第2番 嬰ト短調 op.19「幻想ソナタ」
プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ第6番 イ長調 op.82
リーバーマン: ガーゴイル op.29
ラフマニノフ: ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.36(1931年改訂版)
【以下アンコール】
シューベルト/リスト編 :糸を紡ぐグレートヒェン
ビゼー/ホロヴィッツ編 :カルメンの主題による変奏曲
グルック/ズガンバーティ編:メロディ
プロコフィエフ:トッカータ
ショパン:ワルツハ短調op.64-2
ロッシーニ/ホロヴィッツ編:セビリアの理髪師
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曲目を書いただけで結構な行数になるわけだが、この日のハイライトはアンコールにあったようにも思う。
実は、この日リストのロ短調ソナタを最後に演奏する予定だったのだが、直前になってそれが回避されて、結局、もう一つのプログラムに予定されていたラフマニノフに。その理由も何となく分かる気がした。
まず技量的には、かなり達者で特に左手が正確かつハーモニーが乱れない。「女性なのに」とか考えること自体、全く意味がない。ただし、すべての音楽が直線的に進んでいく。
リストのソナタは、ところどころに彽徊と躊躇があって聴いていると「自分がどこにいるのか」わからなくなる感覚があるのだが、今日の曲はすべて一気にゴールまで進むように表現できる。
ああ、リストをやりたくなかったのかなあ、という感じも何となくわかるのだ。単に多忙でさらう時間がなかったのかもしれないけれど。
そして、アンコールを聞いて感じたのは、「ああ、ここにもホロヴィッツがいるな」ということに尽きる。ここにも、というのはランランの時にも同様なことを感じたからだ。

>> ユジャ・ワンとホロヴィッツの影。の続きを読む