ドラゴンクエストの「幸せ感」。
(2011年12月7日)

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先週の金曜、午前中にミーティングがあった後は、オフの日だった。14時からSWAの下北沢公演に行き、16時過ぎに終わってからは六本木ヒルズへ向かう。
「ドラゴンクエスト展」が12/4で終わってしまうからだ。スライムも肉まんになって話題になっていたが、誕生から四半世紀。陳腐な言い方だけれど、国民的娯楽なわけで。
平日のまだ17時前でも、チケット売り場はそれなりに並んでいる。想像以上に「老若男女」という感じで、幅が広い。と言っても、上は50代半ばかなと思うけれど。
しかし、こんなに皆がニコニコしている展覧会は珍しい。そして男性同士の客は、とにかく語っている。母親が娘に「ママはこのファミコンだったのよ」とか話しているし、一心不乱に堀井雄二の手書きのシナリオを見つめる若い女性もいる。
若い世代と共通の話題が見つけにくい、というのは歳をとると誰でも経験するけれど、DQはかなり話が通じる稀なコンテンツだ。ハードが新しくなるたびに、ちゃんとリメイクされているので初期作品も結構幅広い世代が遊んでいるのである。
この展覧会で個人的に一番おもしろかったのは、ゲームの制作プロセスだった。堀井氏の手書きのシナリオ、ラフスケッチ、キャラクター原案。そして、モンスターの出現頻度のパラメーターが書かれたマップなど。
そこで改めて思ったのだけれど、DQは単に「面白い」ゲームではなく「幸せ感」の溢れる世界なんだなと。だから、展覧会に来た客は皆ニコニコしているし、売店で「800ゴールド」ですとか言われて嬉しくなるし、急ごしらえの「ルイーダの酒場」に並んでいるのだ。
で、この幸せ感は鳥山明とすぎやまこういちに負うところが多かったんだな、ということも今回実感した。


堀井氏が書いた元のキャラクターは、スライムなんか本当にスライムだし、他のモンスターも、まあモンスター。それが鳥山明の絵で、一変する。すぎやまこういちの手書きの楽譜もあったけれど、改めて見るとすごくシンプルで、コア・アイデアがとてもしっかりしていることがわかる。
「面白感」は計算できるけれど、この「幸せ感」はアーチストの才能に拠っている。そして、チームワークの偶然性。メンバーの参加プロセスも含めて、この3名が出会って生んできたDQの世界はある種、奇跡的なものだったんだなと改めて思った。