19世紀が鳴る一冊『巡り逢う才能 音楽家たちの1853年』【書評】
(2018年3月16日)

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音楽の本、と言ってもクラシックにまつわる本を読むのは好きなのだけれど、伝記を面白いと思った記憶はない。

というか、子どもの頃はともかく大人が読んで唸るような伝記というのは、そうそうないような気もする。だったら、小説読めばいいわけだし。

そんな中で、この『巡り逢う才能~音楽家たちの1853年』(春秋社)はおもしろく、静かな感動があった。やはり、ノンフィクションの迫力はすごい。

手法自体はシンプルだ。1853年に絞り込んで、当時の作曲家たちの「事実」を丹念に追っている。そこには、わかっていたようでわかっていなかった気づきや、新たな発見もある。

冒頭は、19歳のブラームスがハンブルクの家を旅立つところだ。彼はやがてヴァイオリニストのヨアヒムと出会い、シューマンの激賞を得て一気に注目される。

一方で、亡命中のワーグナーはチューリッヒに滞在して、「指環」の構想を練る。

ストーリーはあらかたできているが曲想がまとまらずに悶々としているのだけど、なんと4夜にわたり「朗読会」を開いている。音楽を聴きながらだからあの長丁場もどうにかなるけれど、台本だけってどうなんだろうか。

そして、リストは楽団の帝王のように振る舞いワイマールで「ローエングリン」などを演奏しているのだが、驚いたことに亡命中のワーグナーはこの自作の「音」を聞いておらず不安を感じていたという。

一方でベルリオーズは自作がパリで評価されず、ロンドンでも妨害にあって失意の中にいた。ベルリオーズは「時代の寵児」というイメージがあったが、オペラの評価は低かったようだ。

やがてワーグナーはイタリアに旅する中で、「ラインの黄金」のメロディーを着想するのだけれど、その日はブラームスがシューマンに会うためにライン沿いを北上して、渡河していた日でもあったのだ。

まさに、「ラインへの旅」だったという驚き!

そして一番好きな場面の一つが、ゲッティンゲンにブラームスが訪れるところだ。小さな街だがドイツで最高レベルの大学図書館があり、あちらこちらから学者や文化人が集まっていた。

そこで、ブラームスはヨアヒムとともに、ビールを飲みながら歌や遊びに興じる日もあったという。その頃の記憶が、あの「大学祝典序曲」ににじみでているということだ。

なんかこういう話を読むと、どこか「泣けてくる」感じがする。

こんなことを言っても仕方ないとは思うのだけれど、19世紀のヨーロッパのようにあらゆる文化が狂ったように咲き競うことは、もう人類の歴史の中でないのかもしれない。

いや、それはある種の偏見で間違った考えだとは思いつつも、この時代の話を読んでいると、それは永遠に失われた時と空間のように思ってしまう。

ところが幸いなことに、僕たちは彼らが遺した音楽を聴くこともできる。ブラームスの「作品番号1番」のピアノソナタから、ベルリオーズのオペラや、ワーグナーのピアノ曲までディスクで手に入らないものもあるが、spotifyではすべて聴けた。

そうした音楽を聴きながら、この本を読む時間は本当に贅沢なひと時だ。

クラシック音楽を聴く人、ことにブラームスやワーグナーの時代に関心があるなら、必読の一冊だろう。