オンライン講義の壁は、先生の「被害者意識」だと思う。
(2020年5月13日)

カテゴリ:世の中いろいろ

すっかりオンラインの顔合わせも当たり前になって、会議からセミナーから飲み会まで広がっているけど、大学の講義もほとんどがそうなっている。ただ教育を遠隔でおこなうというのは、放送大学を持ち出すまでもなく、ラジオやテレビなどでも昔からあって、紙の通信教育だってある。

つまり一か所に集まらないでも「別の方法で教えてみよう」という発想はいろいろあって、いろいろ工夫してきたのだ。そう考えると、今のオンラインは相当よくできている。ところが、大学の先生の間では結構大騒ぎになって、あちらこちらで不満を聞く。

僕も青山学院で3コマ持っているので、そういう人たちのネット上の集まりに参加して覗いてみたけど、空気感になじめそうもないので、やめてしまった。

なんでかな?と思うとなんか「被害者意識」のようなものが強いのだ。

「被害者意識」という言葉を聞いたのは、会社に入って配属されてすぐのことだ。とある先輩が「被害者意識の強い人と仕事するときは気をつけろ」と教えてくれたのだ。

実際に「被害者」かどうかはともかく、「被害者意識」だけが強い人がいるんだよ。そういう人はうまくいかないと人のせいにするし、自分は間違ってなくて「被害者」だと思うから、文句ばっかりで前進しない。一緒に働く後輩はたまったものじゃないわけだよ。

という話を聞いてすごく納得した。たしかにそういう人は自滅してしまう。だから競争の激しいビジネスの世界では、被害者意識の強い人は淘汰されるのだ。

で、大学というのはそういうのとはちょっと違う。もちろん研究などは競争だけど、いったん教える側になれば、「講義がつまらない」という理由ですぐにクビになるわけでもない。

そうなると、こういう非常時になると被害者意識が先走って、文句が出るんだろう。

しかし、いくら不満言っても解決はしない。教室の講義と同じようにはできるわけがないんだから、方法を変えるしかない。学生に教えるくらいのアタマがあれば、方法論は自分で考えるしかないと思うんだけど、大学の事務方や学生、そしてありがちに文科省に不満をのたまう人もいる。

でもね、もう世界中が被害者なのだ。そして、過剰な被害者意識は何も生まない。でも、もしかしたら小中高校でも似たような構造があって、それがオンラインの壁になっているのかな?と想像してみたりもする。

ちなみに、2週目に入ったオンライン講義だけど、教室とは異なる面白いやり方も可能だとわかってきた。これって通常営業できない飲食店がテイクアウトをやるようなものなんじゃないか。

そして、ヒントはカレーにあると思ったのだ。その話はまた明日にでも。

※「コロナと広告、消費者インサイト」という切り口で、レポートを書いてみました。これからの企業コミュニケーションや広告についての考察です。こちらのnoteにアップロードしているので、ダウンロードしてご覧ください。