「妄想ニホン料理」で考えたテレビの話。
(2014年2月5日)

カテゴリ:メディアとか

NHKの「妄想ニホン料理」を見ていると、テレビがつまらないというのは企画力の問題に尽きるんだなぁ。と思う。

この番組は、色々な国の料理人に日本の料理を作ってもらうのだが、その際に簡単なヒントだけを与える。先日オンエアした「親子丼」だと、「素材が親子」「ご飯にのせる」「トロトロ」とか3つのヒントで、後は各国の料理人が妄想する。

「親子」1つとっても、野菜だったりまたはトンデモない動物だったりかなり面白い。一方で、料理のロジックというものがよくわかる。「どうやったら」おいしくなるのかは各国で違うようでいて、共通するものがある。

たとえば「大学いも」では「黄金に光り輝く」というヒントなのだが、ここからの発想が結構似ていたりもするのだ。

笑えるし、深い。

そして、思ったのが「テレビならでは」というか、ちょっとネットでは難しいかな、ということ。どちらかというと、niftyの「デイリーポータルZ」とかにはできそうな企画だけれど、作るプロセスとかはやはりテレビ向きだ。(ちなみに国内取材の回もあったらしいし、ネットでもできない企画ではないけど)

まあ、「ネットに押されて」というのは、うまくいってないメディアの言い訳なんだよな~と改めて感じたりする。

ただ、やっぱりネットの影響力は強い。その強さを見過ごして失敗したケースが、「アイアンシェフ」(かつての「料理の鉄人」)だと思う。

初めてオンエアされた1993年というのは、まだネットがなかった頃だ。登場してくる鉄人を偶像化することはテレビにとってはたやすいことだった。しかし、「アイアンシェフ」がオンエアされた2012年、料理人が何を作っているかは誰だって調べられる。

「料理の鉄人」は出演者も料理も、多くの人にとって「体験し難い未知の世界」だったから、受けた。異界の人々が戦うのだから、かなり神秘的だったのだ。

つまり、ネットで検索されてしまう人や事象をテレビで「偶像化」するのはもう無理なのだ。そして無理に「神話」を作ろうとすると、どこかで無理が出てくる。

「ほこ×たて」の件を見ても、フジテレビはこの辺りの感覚が20世紀のまま止まっているように思う。

なんてことを考えていたら、「あの作曲家の曲は別人だった」話が出てきた。これも、ある意味「偶像化」の綻びなんだと思う。

人々が偶像を求めているのではない。偶像に縋っているのはいるのはメディアの方なのだろう。

話が逸れたが「妄想ニホン料理」はこれからも楽しみである。(次は3月らしいが)