ちょっと前のひな祭りの頃だったと思うけれど、人の並びの「左右」についてネットに記事があった。この時期になるとよくあるんだけど「左大臣は右大臣より偉い」けど、それは「朝廷から見て左」が上位で、並んだ姿は右側になる。

天子は北極星を背に南面する、ということでこれは武道館の日の丸も同じ。そして、東は西より尊いので、東にあたる「左」が上位になる。

ところが、日本語には「左遷」ということばあって、これは良い話ではない。また、「右にであるものはいない」という表現もあって、どこか右上位でもある。

この辺りのことをネットで調べてみると、出てくるのはいわゆるQ&Aサイトばかりだ。個人のブログなどもあるが、書いてあることの出典はわからない。

いろんなことが書いてあるけれど、どう見ても適当な話もある。

うすぼんやりとわかったのは、どうやら中国では古代から「右上位」と「左上位」の時代があったんじゃないかということだ。儀礼として日本に入ってきた時には、左上位だったのだけれど、言葉の由来はその時々の状況を反映しているらしい。 >> なぜ左大臣は偉くて、左遷は良くないのか?『クラウド時代の思考術』【書評】の続きを読む



著者の本田哲也さんよりご恵送いただいたのだが、この『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』は、PRというよりはマーケティング戦略の本だと感じた。しかも、日本のように成熟した市場ではとても大切なキーワードが並んでいると思う。

まず、冒頭で現在の競争局面を「買う理由」の代理戦争であるという。この考え方は、マーケティングの世界では大きな流れになっているが、僕がそうしたことを講義で話してブログで書いたのは、いま調べたら7年前だった。

それは、とても単純な理由だと思う。

「製品ライフサイクル」という言葉がある。導入期・成長期を経て、成熟期を迎えてやがて衰退期に入るという有名なセオリーだ。

ただし、最近はあまり聞かない。ある種当たり前になっていることもあるが、本質的な問題は別のところにある。

ほとんどの製品やサービスが「成熟期」に入っているのだ。これは、コトラーの「マーケティング・マネジメント」にも書いてある。相当前からこの記述はあるはずなので、ライフサイクルの波よりも、成熟期に何をするかが問われるようになって久しいのである。 >> 「大人のマーケティング」のための1冊『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』の続きを読む



食べ物についての本ってあ、レシピやらダイエットやら店ガイドなどの実用的なものを除くと、意外に面白いものが少ない。

食についての関心は高まっているとはいえ、「おいしいくて安い店をいかに探すか?」とか「どうしたら効率的に痩せられるか?」といったところで止まっているのかな、と思うことがある。

最近読んだ『カリスマフード 肉・乳・コメと日本人』(畑中三応子・春秋社)は、何となくみんなが気にしている3つの食材について文化的な側面から歴史を追って掘り下げた本だけど、なかなか面白かった。

この3つの食材は、いろいろな意味で話題になりやすい。肉と牛乳は明治以降に広く食されるようになったが、米は古代からの主食だ。そして、健康をめぐる俗説も多い。

肉や牛乳も実は結構前から飲食の歴史はあるようだが、その辺りについてもいろいろと書かれていて興味深いし、特定の食べ物がバッシングされる経緯を見ると、日本人は食に対して関心が深い一方で、ちょっとヒステリックはないかと感じることもある。

で、この本でおもしろいのは、どの食材にも福沢諭吉が顔を出すことだ。

まず、肉と牛乳だけれども、福沢は奨励者だった。以前、江戸東京博物館での展示でも見たことがあったけれど、彼は食についても欧化を良しとしていたのだ。

そして、あの妙に拡張の高い文章でかつユーモラスに食を論じる。

『肉食之説』という、いわゆるPR文では「肉食を穢れている」とする人に対して、こんな風にユーモラスに説いている。

「(とはいっても)世の中には不潔な食べ物が多い。蒲鉾は溺死人を食った鮫の肉でつくるし、春の青菜は香り高いが一昨日かけた小便が葉に深くしみ込んでいる。周期があるといえば、カツオの塩辛もくさやの干物も」といった塩梅なので、たしかにスッと説得されるかもしれない。 >> 『カリスマフード』を読んで感じた、福沢諭吉と「食」の縁。の続きを読む



自伝は、割り引いて読んでしまう。もう、失うものがないような人ならともかく、まだ社会の一線にいる人なんだから、「知ってほしい」ことを書く。とはいえ、いいことばかり書いていたらただの自慢話で、誰も読んでくれない。

というわけで、ある程度予定調和になることが多く、「私の履歴書」などにはある種のパターンがある。だからこそ、ニトリの社長の時は結構驚いたけど。

とはいうものの、フレデリック・フォーサイス『アウトサイダー 陰謀の中の人生』(KADOKAWA)は、想像以上におもしろかった。

初めて彼の作品に触れたのは『悪魔の選択』だったと思う。1979年だから、高校に入った年だったのか。そこから『ジャッカルの日』に戻り、当時出版されている本はすべて読んだ。知らない世界を垣間見る楽しさとスリルが本当に面白かった。

この自伝を読んで一番感じるのは、フォーサイスの現場主義だ。彼の小説の基盤は、ジャーナリストとしての活動にあることがよくわかる。しかし、それ以上の面白いのは、生き方そのものだろう。

高校で優秀な成績をおさめてケンブリッジへの入学機会もあったのに「パイロットになりたい」ということで空軍に入る。ところが士官学校を出ていなければ、乗れる飛行機は限られるということで、新聞の世界に身を投じ、やがてロイターへ。 >> 自伝の楽しさ~フォーサイスと蔡英文。の続きを読む



(2017年3月18日)

カテゴリ:読んでみた

本を読むのは好きなのだけれど、あまりこまめに書評を書いてみたり、記録をとっていなかった。ただ今年から、ちゃんと読了した本だけを記録してみた。アマゾンのリストにもさすがに多くなってきたし、まあタイトルだけで一覧してみたいし。

3月16日までに読んだ本が29冊で、新年から11週。別に年間何冊とか目標立てていないし、まあこんなものだろうか。

もっとも、仕事のリファレンスだと、さらにいろいろと加わるが。

というわけで、備忘録的に読んだ本の記録。

「紙の世界史」は、文字とおり紙と人とのかかわりを追った本。インターネットの登場を「グーテンベルク以来」という言説が増える中で、印刷革命を扱った本は注目されるが、この本は「紙」に特化している。どちらかというと、ある種の素材産業史のような面もあるが知らなかったことも多い。また日本の和紙の価値もよくわかる。

「近くても遠い場所」は、現在の日本に「過去の痕跡」を探る、という試みの一冊。エッセイともいえるけど、ある種の研究書でもある。米軍の占領の痕跡から、江戸時代の風俗の残滓など、日本のあちこちらから「過去への遠足」を試みた本だ。著者の木下直之氏は、少し前にタモリ倶楽部にも出演したが、その時の内容はこちら

このころはまだ正月休みで、その後に読んだ「さよならの手口」「静かな炎天」は、若竹七海の近年のミステリー。その面白さは、こちらに書いてある。デビュー作の「ぼくのミステリな日常」もあらためて精緻だ。 >> 最近読んだ本など。【2017年1月】の続きを読む