7月は、豪雨に猛暑に逆走台風で、関東ではやっと「普通の夏」になった気がする。それでも、十分暑い。

こうも暑いと、動物もきついだろう。猛暑の頃、家を出た先の道の隅で、あの虫が引っ繰り返って死んでいた。最近は、アルファベット7番目の文字で表記される、あれだ。タフと言われるあれがああなのだから、相当な暑さだったということなんだろうか。
ちなみに、我が家ではもう20年ほど見ていない。「コンバット」のおかげだと思う。すくなくても、鉄筋の集合住宅では相当効果があるんじゃないだろうか。

しかし、なぜあの虫は片仮名4文字で呼ばれなくなったのか?一応名前はあるが、最近は耳にしなくなり、イニシャルになっている。

で、その理由なんだけど、それは、現代の日本社会における「禁忌(タブー)」と深く関係しているんじゃないかと、勝手に思っている。

禁忌の研究というのは、民俗学などでは大きなテーマで、「キュウリ タブー」とかで検索すると、結構出てきて、先日行われた博多の祇園山笠などが有名だ。

しかし、名前自体の禁忌とは何か?それは、「避けたい対象には直接その名を呼ばない」ということである。

いや、これは最近のあの虫についての話ではない。

学生時代にドイツ語の先生が話していたのだが、ドイツなどヨーロッパ内陸では「熊」がその対象になったという。「言うと出てくるから」のように、禁忌とされていたということだった。 >> なぜ、あの虫は”G”と呼ばれるのか?の続きを読む



(2018年6月13日)

カテゴリ:世の中いろいろ

ワールドカップが、1週間後に迫っている。昨日は勝ったけれど、ではそれでグッと盛り上がっている感じはしない。なんというか、「始まる前から後味が悪い」という奇妙な感覚になっている。

もちろんサッカーファンにとっては「そんなことはない」のだろうけれど、「フツーの人」の関心は移ろいやすい。開幕したら、それなりに賑やかになる可能性はあるけれど。

やはり、前監督の解任から「なんか変な感じ」が漂っているんだろが、その後もどこか妙な空気がある。

でも、それはプレーではなくメディアから漏れてくる「言葉」が関係しているように思うのだ。

本田がNHKの番組でこう言ったとか、長友がツイッターで挑発的なことを言ったとか、その内容は素人が見ていても「いい感じ」にはほど遠い。

考えてみると、最近のスポーツの話題は、「競技の外」であることも目立つ。どちらかというと、「言葉」をめぐる騒動だ。

日大のアメフトをめぐる話も、プレーそのものよりも「記者会見で何を言ったか」「どんな指示があったのか」ということに焦点が当たっていた。考えてみれば、昨秋からの大相撲の騒動もそうだ。言葉の応酬が続いたけど、いったい何が問題だったのか、よくわからないままに終わってしまった。

その、「言葉の格闘」はSNSを通じてだれでも参戦できる。

羽生弓弦や大谷翔平の活躍には、称賛の言葉が連なる。ところが称賛の語彙は多くない。だからみんな同じ言葉を連ねることになるし、言葉よりも拍手を送りたい気持ちになるだろう。 >> スポーツと言葉。の続きを読む



人にとっての、年齢の「節目」はどこにあるのか。

大体の人は、30とか40とかキリのいい数字を思い出すかもしれないし、十進法の呪縛みたいなものとしては、そんな感じだろうか。年男・年女とかもあるけど、まあ10歳刻みなんだろうな。

そんな中で、最近気になるのが「50歳」という節目だ。連載していた記事の関係もあるんだけど、自分自身はもうとっくに超えていて、来年には半ばとなる、

一方で、40代の人との違いも意識するんだけど、それは当人同士の違いというより「親の年の違い」が大きいんじゃないかと感じるようになった。

たとえば、固定電話やファクシミリがまだそれなりに健在だったり、現金主義だったりするのを、「電子化すればいいだろ」と思うのは僕もよくわかる。実際に、自分でそれほど使うわけではない。

ただし、80を超える自分の親世代のことを思い起こすと「そうは言ってもな」という感覚になる。パソコンや携帯も使っているようでいて、どこかに「壁」があるのだ。この辺りの感覚などは、40代の人だとちょっと違うかもしれない。

もっと、大きな差は「親を送ったかどうか」ではないだろうか。同世代と話すと、既にどちらかの親を亡くしているいる人が多い。既婚者で「それぞれの親4人が元気」ということは稀だ。僕の場合は、48歳で父を送っている。

この経験は、大きい。「次は自分の番」であることを否応なく突きつけられる。そして、残った親の老いを目の当たりにしながら、答えのない自問をする。 >> 40代と50代の違いは、「親の年齢の違い」なのだとも思う。の続きを読む



サッカーの本田圭佑選手がNHKの「プロフェッショナル」で語った言葉が話題になっている。人によっては、話題というより「問題」だと思うようで、「ハリルのやるサッカーに全て服従して選ばれていく」ことを否定した発言が引っかかったようだ。

「監督のいうことに従うだけでなく」と言えば、それはトップクラスの選手の普通の考えかもしれない。ただ、「服従」って、普段使うかな?

本田の言葉選びのセンスというよりも、ある種の本音が出たのかもしれない。ただ僕は本田の発言よりも、別の人の言葉にずっとモヤモヤしていたのだけれど、今回の「服従」の一件でなんかいろんなことがわかってきた感じもする。

それはサッカー協会の田嶋幸三会長の「解任発表会見」の言葉だ。

「選手とのコミュニケーション、信頼関係が薄らいできた」という発言を聞いて、ずっと「この人は大丈夫だろうか」と思っていたのだ。

今回改めて分かったんだけど、田嶋氏は「コミュニケーション」という言葉の意味をよくわからず、しかも本人がコミュニケーションをきちんとしていなかったんじゃないか。

コミュニケーションという言葉は、カタカナのまま使われている。それには理由があって、「伝達」だとニュアンスが違う。 >> やっぱりJFA田嶋会長の「コミュニケーション」は謎。の続きを読む



なんか、最近テレビニュースを見なくなった。というか、朝7時からNHK BS-1でやっている「世界のニュース」と、録画して風呂で見るワールドビジネスサテライトくらいか。だから、財務次官の録音も文字のメディアでしか見てない。考えてみれば、秘書に暴言はいた女性議員の録音も聞いたことない。

それで仕事とかに差し支えないかといえば、まったく差し支えない。

財務省の文章改ざんは「そりゃダメだろ」と言うのはわかるけれど、愛媛県の職員の記録あたりから「何が問題なのか」が実はよくわからない。マスコミが「問題にしたがること」と「本当の問題」が決して一致しないことは、大概の人は気づいているだろう。

そして、財務次官と新潟県知事が女性問題で辞任したニュースになると、「何が問題か」は理解できるのだけど、この件について思考したり会話する気がまったくしない。

まあ、僕が会社員だったとして、社長があの次官のような発言をしていたら、「この会社辞めた方がいいかな」と思うはずだ。そういう人がトップになっちゃう組織って、どこか変なんだろうなとはつくづく思う。

そういえば新人で会社に入った時の社長も会長も、大蔵省出身だった。2人とも国税庁長官を務められた方だが、言葉に重みと含蓄があり「何か違うな」と感じたことを覚えている。

ホント、爺の戯言じゃないけど「隔世の感」って、こう言う時に使うんだなと思ったりするわけだ。 >> 最近のニュースと、「なんだかなぁ~」な感じについて。の続きを読む