で、今日はいわゆる伝統的なマスメディアの課題について少し突っ込んでお話ししましょう。このクラスは人数も少ないので、背景などまでいろいろ考えようと思います。
で、ちょうど話題になっている週刊朝日と橋下市長とのバトルの件ですが、まあ想像以上にアッサリと朝日が白旗上げましたね。まあ、バトルとすらいえない。権力者に対して常に監視するというのはメディアの大切な役割ですが、今回の件は本質を外したということでしょう。
でさ、全然話違うんだけど、最近芸人のケガが相次いでない?スギちゃんが高飛び込みで骨折したけど、それ以外にいろいろ聞くでしょ?何でだと思う?
実は、さっきの週刊朝日の問題と芸人のケガ。これって、全く違う話のようで、実は底流では構造的に関連している。じゃあ、何か?ぶっちゃけて言うと、カネの問題だと考えられる。
もう少し丁寧にいえば「マスメディア経営の行き詰り」を象徴していると言ってもいいでしょう。

芸人のケガもいろいろ理由はあるかもしれないが、共通項は単純。企画力の低い番組を低予算で作るからです。前回みたようにテレビ局の制作費は2008年から、各局とも減少してたよね?広告収入の減少が制作費を直撃している。カネがなければ、報酬も低い。人材も集まらない。だから「プールから高飛び込み」って、学生の企画にしても質が低いだろ。そしてセットなども手を抜くから安全性も甘い。
まあ「VS嵐」とかは金かけてると思いますよ。嵐にケガさせたら、国民的問題ですから。ただし改編期の特別番組とか、素人が見ても適当です。結局は、仕事を断れない「ひな壇芸人」を酷使する。10月前に芸人がケガしたのは偶然じゃないと思うね。
で、週刊朝日。

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お盆なので、まあどうでもいいようなネタなんだけど。
ちょうど一週間前ほどって、オリンピックが大詰めの中ドサクサ紛れのようにして、税法改正とか、解散確約とかドロドロのガタガタがあったわけで。で、「近い将来」を「近いうち」に変えたら、とりあえずが丸く収まるという、ものすごいマジックがあった。
「日本語って…」のように思った人も多いだろうけど、じゃあ英語はどうすんだよ、というのはずっと気になっていた。
で、ネット上で色々と記事を探してみたんだけど。
まず「近い将来」はどのメディアも”in the near future”でいいんじゃないか、と。まあそもそも「近い将来」自体が何だか翻訳っぽいし。
では、問題の「近いうち」なんだけど、結構目についたのが、”sometime soon”という、まあ何というか「いつか間もなく」という、曖昧さ全開で、英語版の読売、毎日、そしてワントンポストもそうだった。
ジャパンタイムズやUPIに至っては、単に”soon”だけ。まあ、それもありかも。英語版の朝日は、ちょっと目先を変えて”before long”といいうわけで、まあ「遠からずうちに」という感じかな。
で、律儀なのはウォールストリートジャーナル。”in the near future”に対して、”in the near term”と。なるほど「近い」をそのまま、残しているわけで。
というわけで、国際的には決して通用しない、というか理解もされにくい約束なんだろう、と。で、訳した人の苦労はよく分かるんだけど、それほど英語の勉強になった気もしないのが、また何とも味わい深いのだった。



(2012年3月12日)

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言葉づかいの中でも敬語というのは日本語固有の問題なんだろうけど、最近気になっていて、多くの人が指摘しているのにあまり変化がないのが「過剰敬語」だ。僕の記憶では、このことを「かえって失礼」とハッキリ指摘していたのは、詩人の大岡信だった。もう20年くらい前ではないだろうか。「こだわり」というのも、広告コピーのせいで「いい意味」になってしまった、という話を書いていたりもした。
「それではご説明させていただきたいと思います」
これは「説明申し上げます」くらいで十分だと思う。過剰敬語だと大事なプレゼンテーションで、何か勢いがそがれるように感じるのだ。
最近、面白いなと思うのがフェイスブック内の言葉づかいで「シェアさせていただきます」というフレーズ。直接知らない人からの、情報だとこういう言葉になるんだろう。ある意味、人と人との距離感が素直に出ている気もする。
「シェア!」
「シェアします」
「シェアさせてください」
「シェアさせていただきます」
「シェアさせていただきたいと思います」
「シェアさせていただきたいと存じますがよろしかったでしょうか」
などというように、フェイスブック内でも距離感は微妙に使い分けられていくのだろうか。
そういえば中華料理の店などで大皿で料理が出てくると、店員が「こちらでおとりわけいたしましょうか」とか言うことがある。
「それではシェアさせていただきます」
もし、そんな言い方をしたら、その人はきっとフェイスブックユーザーに違いない。



(2012年2月13日)

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「タワー棟」を新築した。別に家を建てたのではない。自宅の仕事部屋の棚を増築したのだ。おそらく、その殆どは書物で埋まるだろう。
今の部屋はオーダーメイドの書棚とデスクがある。難儀なのは書籍の収納だ。どうにも大変になって来たので、写真のように棚を増やしたらいかにも「タワー棟」のようだ。
この部屋には写真に写っていない所にもう一つ本棚がある。別の部屋にもあと二つあって、この工事と一緒のタイミングでもう一つ増やした。
で、近所のレンタルルームに天井までの書棚が5つある。これがかなり埋まってきている。つまり書物の収納はかなり悩ましいのだ。どうしてくれよう、というわけで当然電子書籍の話が気になる。キンドルとか、どうなるんだろ。
電子書籍に否定的な人って、こういう悩みはないんだろうか。よほど広大な家に住んでいるのか、何か本を小さくする技術でも持っているのか。ドラえもんにあった気がするが、そういう道具が。
出版関連ビジネスが、電子書籍にいま一つ積極的でない理由もいろいろあるだろう。「紙は古い」で済むわけもない。自分だって本を書く立場だから、まあ事情はわかる。しかし、一人の読者としてはやはり「アトムからビット」になってもらわないと、収納のためにカネを使うのはいい加減にそこそこにしておきたいわけだ。
しかし、日本で電子書籍の展開が鈍いのは「日本」の問題というより「日本語」の問題なんだろうと思う。

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facebookをそれなりに使ってみて思ったのは、他愛のない楽しさといった感じだろうか。あくまでも自分の周り、という限定だが話題になっていることって、幾つかのパターンがある。
「シェアネタ」というのは、ある期間にパーッと広まる。最近だと「幼稚舎の入試問題」とか「乗りそう予報」みたいなゲーム。「錯視」とかもあるかな。そして「いい話」が少しあって、その他は「お笑いネタ」というもの。「大人のあいうえお」とか「正義の味方と悪の組織」みたいなのこれは、結構前に見たようなものがfbで復活していることもある。
イベント・リポートは、やっぱり食が多い。実は気になって、適当に名前を検索して知らない外国人の知らない人のウォールを片っ端から眺めたのだけれど、食べ物の写真は殆ど見ない。日本的なのかな、誰か教えてくれ。そして、外食よりも手料理が多い気がする。スポーツは観戦というより参加。なぜかfb上では皆ジョギングで走り回っているようだ。で、旅行。友人よりも家族が目立つかな。
で、世間話があって、レビューなど。ただ、こうやって考えてみると存外にレビューが少ない気もする。あまり、深いことを書き込まないことがお約束になりつつあるのかもしれない。
でも、facebookの空気感はやはり「いいね!」ボタンによるところが大きいと思う。これは「like」の訳なんだろうけど、「いいね!」を押すときはどちらかというと「good!」に近い感覚になっているように感じる。しかも英語にはない「!」が曲者で実際の気分以上に盛り上がっているような錯覚を起こしているんじゃないかな。

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