2016年に東京オリンピックは実現できなかった。
それはそれで、まあ仕方ないとは思うのだけど「いくらかかったんだよ」と突っ込まれる時勢なので、とりあえず正直に報告されたらしい。
総額は150億円で、その財源は都税と民間資金だったけれど、民間からのお金が想定より少ないため、6億円の赤字になるという。
なんで、それを知ったかというと「じゃあ電通に6億円負けてもらいましょうか」というニュースを見たからだ。
一番金払った電通に債権放棄をしてもらおうという話になっているという。
似たような話は横浜でも起きているようで、こちらは開国博「Y150」がこれまた厳しい決算になるので、博報堂とADKに減額交渉をするということがこちらで報じられている。
似たような話で、ちょっと違うのは開国博の場合は契約があって、それを根拠に話が進行していることだ。どうやら概算で契約したけど、イベント契約後に金額を確定というものだったらしい。
そうなると当然減額交渉というのはあり得ることだし、法的措置というのも可能性が出てくるだろう。

今週の火曜日は、"最後の授業"だった。青山学院大学の淵野辺キャンパスで経営学部1~2年対象の「キャリア・ディベロプメント」が、今年で終わりになったのだ。
淵野辺というのは町田から二駅。最初は電車で行っていたのだけれど、クルマにしたら想像より早く行けた。後期の火曜午後は大体クルマで走っていたけれど、それも今年までだ。
最初は「遠いなぁ」と思っていたんだけど、国立府中から野猿街道を抜けるルートは、アウトレットやショッピングモールなど都心にはない施設も多く、結構寄り道もした。
後期の講義なので、毎回終わると真っ暗で寒かったことが印象的だ。
青山学院の学生と接するのは初めてだった。
4年間教えたけれど、なぜか1年目は1年生が多かった。その後2年が増えたのだけど、初年度の学生はなぜか人懐こいのが多く、その後食事に行ったり、就職の相談に乗った。
120名あまりの講義でそうした親密な関係が生まれると思っていなかったのでちょっと意外で嬉しかった。そうした私的に交友のあった学生が、当人のイメージどおりに就職できたのもありがたい。
異変が起きたのは一昨年の講義からだろうか。リーマンショック以降、学生が想像以上に不安になっていったようだ。自由に質問を書かせても「就職活動はどうなるのでしょうか」というものばかりが目立った。
2年生中心になったこともあるのだろうが、経済変動が学生生活に与える心理的影響がこんなに直截的であることを実感した。
以前なら「モテナイのですがどうすればいいでしょう」みたいな質問があって、それも一応答えていたんだけど。そう、2006年から翌年は社会にも余裕があって、かつ人手不足で就活は売り手市場だった。その余裕はキャンパスにも及んでいた。
よく若手に「夢を持て」という大人がいる。入社式などでそういうことを言う人間を基本的には信用しない。「持て」とメッセージするのではなく、自然に「夢を持てる」社会にするのが大人の仕事だと思うからである。
そんな気持ちで4年間講義をした。最初は「遠いなぁ」とか思っていたが、行かなくなると決まると、ちょっと寂しくなるものだ。
で、大学での講義がなくなるわけではなく、4月からは青山キャンパスで3~4年を対象にした新しい科目を教える。青山学院大学経営学部に「マーケティング学科」が新設されるのに伴い開講するのだ。
科目は「マーケティング・プロフェッショナル実践」ⅠとⅡを半期ずつで、週1回通年で教える予定だ。
今月末締め切りの講義内容をまとめつつ、今年のリポート採点もしなくてはならない。
そうそう。「入社前に飲みに行きましょう」とわざわざ元旦に僕の携帯にかけてきた学生との約束も果たさねば。

僕が大学を受験する年の2月。毎日家で最後の追い込みをしている頃のことだった。
ホテルニュージャパンが焼けて、JALの「逆噴射」事件があった。
そして就職活動をしていた年の夏。たまたまサークルの仲間と飲んでいる時に、後から来た友人が言った。
「JALが落ちたらしい」
帰宅してテレビを見ると、大変なことになっていた。
受験や就活など、自分が追い詰められているような時に起きたニュースは、まさに「エピソード記憶」として良く覚えているものだ。JALの昨日のニュースを聞いて、改めてそう思った。
そして、入社して配属された東京ビルにはJALの本社も入居していた。地下の社員食堂、通称「JAL食」へも行った。
JALという会社に特段の感情はないが、こうした事態になると妙な感慨が湧いてくる。
JALはかつて広告においても一世を風靡していた。特に1960年代のグラフィックはいま見ても質が高い。自分自身が生まれる前か幼少の頃なので記憶にはないが、入社してから当時の年鑑で知った。
時代も追い風だった。
広告を作る際の「いい環境」というのは幾つか挙げられるのだろうが、もっともありがたいのは消費者が「下から目線」になってくれること。つまり「憧れ」というポジションを獲得できているということだと思う。
かつてのJALはまさにそういうポジションにあった。飛行機に乗る、そして海外に行くことはまさに憧れだった。しかし、その広告は節度が感じられて、それがまたトップブランドとしての風格を漂わせていた。
めずらしく、テレビドラマを見た。しかも、2時間以上も。
見たのは、フジテレビの「最後の約束」。昨年末から、分かりやすいくらい意図的に「嵐」を特別扱いしたそうな全マスメディア総出のキャンペーンがあったので、どうやって"着地"させるのかな、と気になっていたのだ。
あと制作費がホント厳しそうな中で「チカラ入れたドラマ」って、どんな水準なんだろう、というのを何となくチェックしておきたかったというところもある。
感想から言うと、お金も払わずスイッチ入れただけで2時間にわたってあの程度楽しませてくれれば、テレビもまだ十分面白いんだな、と思った。イヤ、ミステリーとして見ると突っ込みどころ満載だし、25階の本社ビルに何であれしか社員がいないのかとか、いろいろあるんだけど。
清掃員、バイク便ライダー、カフェの店員、保険営業マン、セキュリティセンターの派遣社員。5人の職業は「大企業」と接点があるけれど、大企業の社員ではない。強者と弱者、打算と友情という典型的な二項対立のお話なんだけど、5人の職業設定とどこかで成年を拒否したがっている空気感がストーリーとは別の部分で共感されるんだろうな、とか思ってみたり。
予算的に追い詰められる中で、テレビの底力が出るのか出ないのか。今年、何となく気になるところではある。
キヤノンマーケティングジャパンが、来年の新卒採用について「重要なお知らせ」を載せている。
「訳あって、今年の採用活動に出遅れます。」という見出しの文章を読むと、採用活動を夏以降にするという趣旨が書かれている。
理由の1つは「業績の先が読めないので3月の決算以降にする」ということ。もう1つは「学生の学ぶ機会を奪わない」ということらしい。
僕は大学の講義で言っていたし、本にも書いたけど就活の早期化には以前から疑問を呈している。一部の「出足のいい学生」ばかりが有利になるし、そもそも授業もサークルも3年夏からグチャグチャになる。インターンも本来の趣旨を外れて青田刈りの場になっているケースも多い。
このキヤノンMJの動きはそういう意味では全うだと思うし、ハッキリ宣言するのもいいと思うのだけど、それでもどこかに疑問は残る。
1つは「結局不景気に押されてか」という感覚がぬぐえないことだ。本当に学生と向かい合って考えるのなら、景気低迷や採用計画とかに関係なく夏以降の採用になったんじゃないかと。
もう1つは「キヤノン株式会社」は、別に普通の採用をするらしい、ということ。HPを見ると、とりあえず採用を始めようとしているように見える。
ただ、採用担当者にとっては「誰かに言い出してほしい」タイミングではあったと思う。そういう意味では「日本経団連会長のグループ会社」というのは、先陣を切るには絶妙のポジショニングなのかもしれない。
いずれにせよ就活スケジュールの見直しは、いいことだと思う。理由が不景気でも何でも、現状よりは遥かにいい。HP上でのこういう「出遅れ宣言」が企業評価の向上につながるなら、安価な投資だろう。
オバマ大統領が、先の米デルタ航空の爆弾騒ぎについて「情報機関のへま」と言い切ったというニュースを見て、いささか驚いた。
これは日経の記事の見出しだけれどわざわざ「へま」という日本語をあてるのだから、それなりの表現に違いない。
この原語は"screw up"であることは日経の記事にもあるけれど、google.comのNEWSを見ると、早速REUTERSのこんな記事を発見した。ヘッドラインに"svrew-up"とあるので、この表現自体がある種のニュースなのだろう。
僕は英語に疎いのでよくニュアンスは分からないけど、どうらや結構きつい表現であることがこんなページからもわかる。
たしかに「へま」というのは当たっているかもしれない。まあ、「日本の政治家が言ったら」と考えた時「公安のへま」くらいはギリギリだろう。これが「公安のボケ」では別の意味で収拾がつかなくなりそうだ。
面白いのはあえて「へま」を伝えているのは今のところ日経くらいで他の新聞のウェブサイトは、あえてここを伝えていない。なぜかロイター日本版もそうである。
大統領の空気感を伝えるなら、この「へま」という言葉を伝えるのは結構大切だと思うのだが。
東京に戻って、間もなく異動希望を出す機会があった。結果として約半年で、希望通りに研究開発セクションに移った。
もともと僕は、PRかマーケティングをやりたかった。大学時代に選挙理論と予測モデルを先行していて統計などの知識もあったし、もともと分析することが性にあっていたのだ。
もちろん制作で学んだことはいろいろあったけれど、「そもそもやりたいこと」に取り組みたいというのが希望の理由である、
だが、それは理由の半分、というより3分の1くらいかもしれない。
あとの3分の1は「どう考えても広告制作では一流になれない」という直感的確信である。当時の仕事仲間は2つ上に谷山雅計さん、2つ下に前田知己君がいた。現在二人とも独立して活躍されているのは周知の通り。一緒に仕事をしたデザイナーには1つ上に永井一史さん。
周囲がすごいので、とにかく自分に見切りをつけるには絶好の環境だったのである。
一方、ある意味素晴らしい環境だったので、希望して異動したことを驚く声が当然多かった。
この異動はちょうど30の時だったが、このタイミングは重要だったと後でわかる。あまり早い踏ん切りは後の後悔につながりかねないが、タイミングを逸するともう人生の選択肢は数少ないのである。
当時"キャリア"という概念はアタマの中になかったけれど、ほとんどの人が"??"と思うような希望を出して実行したことは、キャリアの観点からも決して間違ってなかったと思っている。
仕事をする上で「頑張り」と同じくらい、「見切り」も大切なのだ。
ちなみに制作を離れたかった理由の残り3分の1は「忙しいのが嫌い」だったからである。働くのは嫌いでないけれど、20代独身の頃ならともかく、30代で結婚もしたのに毎月100時間を越える超勤というのは、僕の理想的な生活とはかけ離れていた。
この辺りの価値観は人それぞれだし、「忙しいから制作は嫌です」というほどバカ正直でもなかったので、もっともらしい理由で異動をしたのだけれど。
当時に比べて、広告界という海は大荒れである。ただし「頑張り」と「見切り」のバランス感覚は、今まで以上に大切なのではないか。いろいろと若いビジネスパーソンや学生から話を聞きながら、15年前を思い起こす年末年始だった。
新年になった。
一年前は「2009年の気になること」とか書いていたのだけど、今年はそういうことを思いつかない。
それよりも、自分自身が独りで仕事をするようになって5年経ち、いろいろと来し方行く末を考える歳になっている気もする。
今でも、「よく会社を辞めたものだ」と自分自身が信じられない気もする。その判断を悔やんだことは一度もないのだけれど、組織命令もなければ定年もない今の状況は「過剰な自由」のように感じれられることもある。
ここ何年かの正月は妻の実家のある愛知で過ごす。元旦に新幹線に乗り、3日か4日に帰京するパターンが多い。今年は雪景色の中で乾杯して、昨日戻った。20代後半に働いていた名古屋市内で昼食をとり、散歩するのも慣わしになっている。
地下道を歩くと、20年前のままの店もあるが、様変わりという感じだ。ファッションも飲食も、日本全国、というより世界中同じようなブランドがあちらこちらに見られる。
見知らぬ土地で、20代後半を一人で過ごしたことは、今の仕事をする上で力になっている気もする。孤独への耐性が少しはついたのではないだろうか。昨日も中心部の栄交差点にいると、初めて転勤の下見出張に来た時の不安な気分を思い出す。
名古屋での4年半は"まだ"コピーライターだった。しかし、自分自身は広告制作の仕事を続ける気は段々と失せていた。バブル期の東京を遠目に見ていて、「何かが違う」と感じていた。
東京に戻る1年ほど前、ちょうど新たな人事制度が始まろうとしており職種転換の希望が出せそうだった。しかし、転勤と職種転換を一緒に行うのは困難のようだったので、制作職として戻ることになった。
あの時、名古屋で感じていたことは何だったのだろう。当時の名古屋は地味な街だけど、身近なところに「リアルな生活」があった。東京中心のメディアが振りまくイリュージョンは、いつまでも通用するのだろうか?そんな感覚だった気もする。
その半年後に訪れた転機は、振り返るとまさに「岐路」だった。(一応続く)
朝のNHKニュースで「鳩山首相がtwitterで情報発信へ」と聞いた。
この発想、個人的には結構疑問だ。それは政治論ではなくコミュニケーション論の面からそう感じるのだ。
小泉政権以降、短命な政権が続いたけれど、その1つにコミュニケーションの問題があったと思う。例の毎日のインタビューは(そもそも必要なのか疑問だけどそれはともかく)、首相イメージを全く変えてしまった。
小泉以降の首相は「小泉と比較される」という宿命を持った。「ワンフレーズ」で「決断する」ということが「首相の仕事」になってしまったのだ。
今はあまり話題にならないが、小泉政権が長持ちした理由の1つがハンセン病裁判の「控訴せず」だったと思う。政権初期のあの決断があったから、その貯金がかなり長持ちしたのではないだろうか。
その後毀誉褒貶はあったものの、例の「郵政解散」でも「黒か白か」という決断を今度は国民の側に委ねて、大勝した。
しかし実際の世の中はいろいろなことが絡み合っていて、一部を取り出して白黒つけるというのは乱暴ではある。むしろ「白か黒か」で決断できないことが多い、ということを説明するのが今の政治の役割だと思うのだ。

気のせいかもしれないが、今年は街でクリスマスソングを聞く頻度が少なかった気がする。 "クリスマス"というイベントに対する感覚が変化しているのだろうか。
そもそも、クリスマスというイベントは広告と相性がいい。クリスマスというイベント自体に広告的要素が溢れているのである。
クリスマスが本当にキリストの誕生日だったわけではないようだが、異教徒との関連や布教活動など、まあ「大人の事情」で冬至付近となったらしい。
まずこれによって、「最も人恋しくなる季節」に、人々が家路に急ぐような習慣が身についてしまった。その上「前夜」を祝うというわけで、ムダに光を使って飾り立てることになる。
どうしたって、ロマンチック(半死語)な気分になりやすい。その上で、一年の終わりだ。ゆったり休むにはもってこいである。
つまり、この季節自体が"メディア"として大変優れているのだ。
メインのコピーは"Merry Christmas"だ。Xmasという記号もある。
ツリーというシンボルもシンプルだけど、優秀だ。そしてキャラクターとしてはサンタクロース。これがまた太っ腹な感じで、子供心をくすぐる。煙突やら靴下などのエピソードも豊富だ。
さらに、クリスマスには数々の名曲がある。教会で歌われるものから、ロックまで実に幅広い。
じゃあクリスマスという"広告行為"の広告主は誰なのだろか。少なくても「キリスト教」ではない。それは今晩教会に行けば分かることだ。
ちょっと陳腐になるけど、あえて広告主を探せば「資本主義」ということになるかもしれない。米国のクリスマス商戦は個人消費の25%程度という。あまり意味のない仮定かもしれないが「クリスマスがなかったら」、どういうことになっていたんだろう。