【梅雨だから本】絶妙の近未来ミステリー「ドローンランド」
(2016年6月7日)

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81tLzFyrc7Lトム・ヒレンブランド(著) 赤坂桃子(訳) 『ドローンランド』 河出書房新社

というわけで、雨の多い季節が来たので、最近読んだ本の話など。まず最初は、ドイツの近未来SFミステリーだ。

未来を舞台にした創作物には、作者の「割り切り」が大切だと思う。

そもそも、未来のことなんか誰にもわからない。だから、「こうなるんだ」と断定した方が簡単だ。2001年になって、「別に宇宙に旅してないだろう」と後でツッコミを入れるのは誰にでもできる。発表時点で、「こうなんだ」と言い切ったものが勝ちなのだ。

ただし「近未来」となると、ちょっと様子が違ってくる。「なるほど、こうなるかもしれない」というリアリティを維持しつつ、読者の期待を上手に裏切ることが求められる。

このドローンランドは、その近未来を舞台にしたSFであり、ミステリーだ。作者はドイツの各賞を獲得したようだが、ああそうだろうな、と思う。

卓越した世界観と、緻密なストーリー、そしていきいきとした人物たち。ミステリーとしての精緻さを求めると、いろいろ言いたくなる人もいるだろうが、近未来世界をここまでキッチリと描き込んでいる小説はそうそうないだろう。

近年話題になるミステリー系の小説には、北欧の作品が多い。ドイツの作者だとセバスチャン・フィツェックの「ラジオキラー」とか好きだったが、警察組織の内側を描くときのコッテリ感は、このドローンランドも通じるところがある。

さて、このドローンランドの舞台は近未来のEU。そこで、起きた殺人事件を追う刑事が主役だ。しかもその被害者はEU議会の政治家だ。

まずは現場検証から幕を開けるのだが、その後の捜査がユニークだ。この近未来社会では、さまざまなドローンが飛び交っていて、中には「ハチドリ」「ダニ」などの超小型タイプもある。それらが集めた情報をもとにして、「とある時間のとある場所」を再現することが可能なのだ。

そのテクノロジーを駆使して、捜査を進めていくのだが、幾重にも覆われた権力構造の蠢きと併せてスリリングにストーリーが展開される。

本筋とは別に、著者の設定した近未来の状況はニュースや情景描写で段々と明らかになっていく。

どうやら米国は没落していて、韓国、ブラジル、広東あたりが先進国グループのようだ。ただし、中国は内戦が続いていて北アフリカのあたりもきな臭い。そして安物のドローンは北朝鮮製だったりする。

また各地で海面水位が上がっているようで、主人公の出身地のオランダは海の中になっている。

気になる日本だが、ウィスキーは相当高評価だけれども、あとはチラリとニュースに出てくるくらいだった。

ストーリーの骨格自体にはやや既視感があるものの、ドローンが飛び交う近未来というだけで、十分に楽しめると思う。

なお「1984」に擬する人もいるようだが、いい意味であの手の説教臭はない。そして、軽やかだからこそ、ピリッとした刺激が心地よく感じられるのだと思う。続編も映画化もありそうで、これからも楽しみだ。