政治家の失言はいろいろあるけど、それ揚げ足取りだろと思うものも多くてあまり気にはしてないし、書かない。でも、昨日の大西英男議員の「働かなくていい」は、相当ひどいと思った。というのも、その後の弁明が全く弁明になってない。

これ、もっと突っ込んでもいいと思う。

彼は、自分のウェブサイトでもこう書いてる。(このサイトも相当味わい深いが)

今回の発言は、飲食店における従業員の方の受動喫煙の議論をするなかで、「(喫煙可能の店で無理して)働かなくていいのではないか」との趣旨で発言をいたしました。

そして、これはがん患者に対してのことではない、と言っている。しかし、問題はそこじゃないと思う。疾病を抱えているかどうかにかかわらず、「喫煙可能な店くらいしか働く場所がない」人はどうするのか?という視点が全く欠けているんじゃないか。

まだ詳細は決まってないようだけど、自民党は小規模飲食店の喫煙を認めようとしている。その一方で、何らかの働き口を探していたら「そういう喫煙可能な店しかない」という状況の人のことを無視してないかな。 >> 大西発言は喫煙派のオウンゴール?の続きを読む



それは、暮れも押し詰まった12月27日。その日は、友人たちと中山競馬場にいた。

有馬記念の一番人気はトウカイテイオーで、いま調べると2.4倍だ。そして、ライスシャワーの4.9倍と続いていた。

競馬場は大混雑。たしか13万という入場者数アナウンスだと思ったが、府中にはそれ以上の客がいたという。そんなこともあったんだ。

もうなんだか大興奮の中で出走して、メジロパーマーが端を切る。それは大方の予想通りだったが、4コーナーを回ってまだ一番手。この辺りからなんだか異様な雰囲気が漂う。

これが現在のキタサンブラックであれば大歓声だが、そうはいかない。何と言っても15番人気で単勝49倍の馬が「やばいこと」を成し遂げそうな状態なのだ。

そして、メジロパーマーは逃げ切った。そして相当の末脚で追い込んだレガシーワルドががハナ差で2着。

歓声ではなく、行き場のないどよめき。トウカイテイオーはまさに「馬群に沈む」11着だ。そのうち、観客席の背後から若い男性の悲鳴が聞こえた。

「こんなの嫌だ~」 >> 「こんなの嫌だ」デモは、何かを生むのか。の続きを読む



内閣支持率が安定している。昨日の日経の調査では60%で横ばいだし、少し前の他社の数字も数値は異なるが安定している。最近は調査法によって各社の数値の幅があることも知られているが、全体傾向としては安定と言える。

森友学園のスキャンダルは、かつてであれば支持率に相当な影響を与えたと思うし、失言による閣僚辞任もダメージにはなるだろう。

調査している新聞社も、そのあたりのことは何となく腑に落ちないようで、朝日が週刊文春の編集長にそのあたりのことを訊ねていた。

「それは極めてわかりやすい話で、安倍首相の代わりがいないからです」ということだけど、だからと言って「支持」を続けるのだろうか。

で、ふと思ったのだけど、「支持率」という言葉を「容認率」と読み替えてみると、腑に落ちるのだ。 >> 内閣支持率は、「容認率」だと思えばいいんじゃないか?の続きを読む



「学芸員はがん」と言った大臣が、発言を撤回した。

これは、二重の意味で残念だと思う。一つは明らかな罵り言葉で失言したこと、もう一つは美術館や博物館をめぐる議論の機会が失われかねないことだ。

芸術などの世界では先導者の役割が大切だ。たとえば、いまの日本美術への関心が高まったことの一つには、『奇想の系譜』などで知られる辻惟雄氏の存在が大きい。

学芸員という存在はあまり知られていなかったかもしれないが、最近は表舞台に出ることもあるし、その力量が施設や展覧会を左右する。英語ではcurator、一部の方の大好きな「キュレーション」というのはこの辺りが語義になる。

昨年の大みそかにNHK教育テレビ、どうもEテレとか言いたくないけど、そこで「ゆく美くる美」という企画があった。日曜美術館の特別版みたいなもので、美術シーンを回顧して展望する。何名かの学芸員の方が登場していて、その見識や発想がさすがだなと思った。

で、観光との兼ね合いからああいうことを言ったようだが、たしかに優れた企画は人を動かす。僕は今年になってから、熱海のMOAのリニューアルを見たくてわざわざ行ったし、茨城の方で人に会う用事は水戸の展覧会に合わせた。唐招提寺の障壁画が見たかったのだが、遠方からも来ていたようだ。 >> とはいえ学芸員が「聖域」になったら、それはまた違うと思う。の続きを読む



本屋大賞は、直木賞だった。初の「ダブル受賞」ということで、それだけの作品なのだろうけれど、じゃあ本屋大賞って何のためにあるんだろうか。

その趣旨を見ると「売り場からベストセラーをつくる!」とある。でも、「蜜蜂と遠雷」は既にベストセラーだろう。「売り場から」というのは、いわゆる文学賞とは一線を画したいという志だったんだろうけれど、直木賞と「ダブル」なのだ。

もともとは、「プロの目で面白い本を紹介する」ということが趣旨だったんだろう。ところが、近年になって単なる販促キャンペーンにしか見えない。仕方ないといえばそれまでだけど、それが文学界にとってどうなんだろう。

一方で、昨年の受賞作を読んだときは思わず唸ってしまった。「ウウム」と唸るのは、感心した時もそうだけど、逆の時もあって、これは逆の方だ。本の批判をダラダラ書くのは気が進まないけど、とにかく登場人物の行動に必然性がない。心の底にある動機がみえてこない。

そういえば、最近の小説だと『羊と鋼の森』もそうだが、『暗幕のゲルニカ』も唸った。中学生の頃に読んだ五木寛之の小説を思い出す。そうか、中学生だったらいいのかもしれない。 >> 最近の「本屋大賞」は、なんか違うんじゃないか。の続きを読む