池田紀行「キズナのマーケティング」

池田紀行さんより「キズナのマーケティング」を献本いただいた。 ソーシャルメディアマーケティングの思考と実践がバランスよくまとまっている。「今」を切り売りする本が多い中で、「過去と今と未来」へのラインが描かれている。そんな印象をもった。 個人的に一番気になったのは、最後のところだ。「これから、真の人間マーケティングが始まる」ということに尽きる。 別に今までは「非人間マーケティング」だったというわけではない。しかし、この15年ほどはテクノロジーの波の中で、マーケティングに関わる人がいろんなことを見失っていたと思う。自分自身を振り返ってもそうだ。 少し長い眼で見てみよう。1980年代から、広告表現はある意味の「全盛期」を迎えた。表現自体が一人歩きして、アートとしてもてはやされた。この時代をメディアとの関連で見ると興味深いことがわかる。 75年ににカラーテレビの普及率がほぼ90%を越えて、80年までにほぼ100%に達する。そして、テレビと新聞の広告費が逆転したのが76年。それ以降、テレビと新聞の広告費の比率は35:30くらいで安定する。 テレビがメディアの王者として磐石になり、新聞も一定の影響力を保つ。表現のインフラが安定したことは、二重の意味でクリエイティブの隆盛に影響した。1つはクリエイターが、表現自体に専念できること。もう1つは広告代理店の経営が安定して、コミッションの収益により、クリエイティブの収益性を補完できたことだ。 この安定は90年前後に大画面テレビが登場(”画王”とか覚えてますか?)することで隆盛を迎える。 やがてバブルの崩壊とともに、メディアの変革が起きる。1995年はマイクロソフトの新OSとインターネットがインパクトをもたらした。新世紀に入る頃にブロードバンドや携帯からのネット接続の時代になった。 このように振り返り80年から「メッセージの15年」「メディアの15年」を経て、「次の15年」の境界線に立っているのかな?と考えると「真の人間マーケティングが始まる」というのは納得感が高いのである。 ことさらメッセージとメディアを分けることは、違和感もあるだろうけど敢えてこう書いた。実際にマーケティングや広告関係者の関心には偏在があったと思うし、そもそも広告代理店の組織が分化を放置していたところもある。 あとは、人の問題だ。自分の領域を固定しないで飛び出て行く人どうしが、何かを生む。まずは自分自身という人間を「拡張」しなくてはいけないのだろう。 池田さんの本には、そのヒントがたくさん詰まっている。



池田紀行「キズナのマーケティング」」への2件のフィードバック

  1. honjin より:

    なるほどねえ。キズナのマーケティングというタイトルだけで分かる気がするなあ。ネット社会は企業と人をよりダイレクトに結びつける。企業と消費者との親密な人間関係をどう構築するかというファンづくり戦略が、ビジネスの成功の鍵を握るって言いたいんですよね。まったく違うかなあ・笑。

  2. 山本直人 より:

    そうなんですよね。すべての企業は人格を持てるわけで。まあ半端なキャラになるくらいなら、ドンと構えた方がいいのかもしれません。