【書評】できれば25歳くらいまでに読むのが吉。『「読まなくていい本」の読書案内』
(2016年1月21日)

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810ILqwxd8L._SL1500_橘玲 『「読まなくていい本」の読書案内』 筑摩書房

とても面白い本だと思うのだけど、タイトルがちょっと捻じれている。「読まなくてもいい本」が列挙されているわけではなく、「読むべき本」を5つの分野にわたって解説しているのだ。

この5つのカテゴリーだけを読めばいいのか?という突っ込みは誰でも考えると思うんだけど、少なくても読んだ方がいいカテゴリーだとは思うので、自分の体験も交えて覚え書きをとどめておこう。

この本のブックガイドは、多くの本が紹介されているが、そこにないものも含めて、自分が読んだ本についても書いておきたい。

まず最初は「複雑系」だ。ワードロップの、『複雑系』が邦訳で出版されたのは、1996年に、僕は会社の研究開発セクションにいた。既に英語版をチェックした先輩がいたのか、すぐに話題となったが、それなりに手ごわかった。

「複雑系って、つまり何なんですか?」

「そう簡単に説明できないほど、複雑であることは確かだと思うよ」
そんな会話がすぐ広まったのだが、いろいろと教えてもらった記憶はある。

次は「進化論」で、これについては、個人的な関心もあって、結構いろいろ読んだ。全体を俯瞰するのには『ドーキンスVSグールド』などもいいのではないだろうか。

そして「ゲーム理論」に関しては、キューバ危機とナッシュ均衡、行動経済学からビッグデータまで広く扱われる。思い起こすと、ゲーム理論の基本は大学のゼミで学んだ。この章のブックリストは多岐にわたるが『ファスト&スロー』は結構印象的だ。

さらに「脳科学」という展開で、この著者の意図がわかってくる。「社会科学は自然科学に統合されていく」という視点で、この本は編まれているのだ。脳科学についても、会社にいた時にいろいろと学んだ。コミュニケーション効果測定を突き詰めれば、当然そちらにいくわけで、『サブリミナル・マインド』は当時話題になった一冊だ。

最後は「功利主義」で、いわゆる社会正義論だ。「白熱教室」のジョン・サンデルで知られるようになったが、ジョン・ロールズの『正義論』は、これもまたゼミのテキストの1つだった。難解とは言え、ノージックも含めてまだ邦訳があったからいい。僕の担当した、ロナルド・ドゥオーキンは当時英語しかなかったので、相当難儀した思い出がある。

こうやって振り返ると、博報堂の研究開発セクションは、当時は相当幅広く、自由に活動していたんだなと思う。

そして、大学のゼミでやっていたこともユニークだった。堀江湛先生は選挙理論と予測モデルを中心に研究されていたが、僕が3年の時には米国にいらっしゃった。そして、当時専任講師だった小林良彰先生がいろいろと幅広いテキストを取り上たので、ゲーム理論や正義論を学ぶことができたのだが、30年経ってその意味とありがたさを反芻している。

こうやって振り返ると、大学でも会社でも、幸運な環境にいたのだとは思う。ただし、これだけの本が読めて、さらにこうしたユニークな解説書も増えているのだから、今の若い人には相当な機会があると思う。

そして、この本で書かれている各カテゴリーの本を、ある程度抑えておくと、何か新しい波が起きても、「ああ、こういう流れだな」とつかめるんじゃないか。

25歳くらいまで、つまり社会人3年目までにはつかんでおきたいし、いま大学4年だったら、卒業までに読んでおくと吉。もっとも、気になったら年齢は関係ないけれど。

あと、この本を読んで強く否定的な態度をとる人もいるだろうが、それは著者の挑発に嵌ってしまったのだと思う。この本は「読まなくていい本」をあげつらっているのではなく、読むべき本へと若い人を導かない大人への痛烈な批判にもなっているのだから。