綾鷹、そして三ツ矢サイダーもCMは「この国」だらけなわけで。
(2017年4月18日)

カテゴリ:広告など
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三ツ矢サイダーのCMがテレビから流れてきて、いきなりムズムズ感に襲われた。このムズムズ感は何かと思ったが、あれだ。綾鷹だ。

こちらのエントリーでも書いたけど、綾鷹のCMがムズムズして気になっていた。

「この国のもてなし」

というコピーだ。

そうしたら、三ツ矢サイダーのCMもこう言っている。

「この国の爽やかさが、好きだ。」

おお、そうであったか。かくして、この国の飲料CMは「この国」が目立つ。

三ツ矢サイダーの近年のCMを見ていると、ポジショニングというかターゲット設定を模索していた感じがした。

2015年は多部未華子と福士蒼汰を起用して、「若い社会人」を描いていた。もともとは十代とその親をターゲットにしていたので、「お?」と思い大学の講義などでも取り上げた。ちょうど、黒烏龍茶も思い切りポジションを変えてきており、「働く20代女性」に着目したのだと思う。

多忙な彼女たちのためのリフレッシュドリンク、とか企画書には書かれていたのかもしれない。

ところが2016年には、福士蒼汰だけが残って、少年野球チームが出てくる。そして、今年のキャンペーンだ。

企画書には「原点回帰」とか書いてあったのだろうか。もちろん、想像だけど。

そして、ナレーションなどを聞くと「社会性のあるメッセージ」に仕上げている。サイダーのCMとしては、少々肩に力が入っている気もするが、それもまた企業の意志なのだろう。

でもさ、どうしてみんな「この国」になるのか。それが、昨今の政治的風潮だとか言い出したら、それはそれで言説としてはダメな感じだ。「より売るため」の最善策を考えているうちに、このコピーに着地したのだろう。

しかし、高温多湿な「この国」は、そもそも「爽やか」なのか。いや、だからこそ爽やかなサイダーが生まれたのか。

ちなみに「この国」という言葉が一般的になったきっかけは、司馬遼太郎の「この国のかたち」じゃないかと思う。「日本のかたち」では、まったく意味合いが違う。

そして、今の広告における「この国」流行りを考える時は、やっぱりこの『「日本人論」再考』という名著を読み直したい。

もちろん司馬にも言及があり、今の時代の気分を知るための手がかりになるだろう。

とはいえ、いくら背景の仮説を考えても、やっぱりムズムズは止まりそうにないよ。